古典文学に関連するサンプルページ一覧

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多武峰少将物語(日本大百科全書・日本国語大辞典)
平安中期、10世紀後半の仮名文学。伝本の多くは「多武峯少将」とする。「物語」を書名に添えるのは江戸時代に入ってからである。『高光(たかみつ)日記』ともよばれるが、『河海(かかい)抄』(『源氏物語』の注釈書。14世紀)などに引く『高光日記』と同一か
御堂関白記(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
藤原道長の日記。名称は、はじめは「入道殿御暦」「入道殿御日記」「御堂御日記」「御堂御暦」「御堂御暦記」「御暦日記」「法成寺入道左大臣記」「入道大臣記」などと呼ばれたが、「御堂御記」という固定化した名称が用いられるようになり、江戸時代の諸写本においては
漢文学(日本大百科全書)
日本人の創作した漢詩および文学的な漢文。漢文学は日本人が中国の言語文字を用いて、日本人の思想感情を表現したものであることはいうまでもないが、中国の文学を崇拝、摂取して、自国の文学の発展に努力してきた。そのため中国文学の変遷に留意し、新しい傾向を追って
詠歌大概(歌論集)(日本古典文学全集)
歌の内容は、なにより新鮮な詩情をとらえようとすべきであり〔人がまだとらえたことのない、新しい着想を求めて詠むべきである〕、表現にあたっては古歌の歌詞を用いるべきである〔歌詞として用いる語句は、三代集における優れた歌人の用いたもの以外に出てはならない。『新古今集』に入集している
近世説美少年録(日本古典文学全集・世界大百科事典・日本大百科全書)
大将であった菊池武政の嫡子肥後守武朝の残党の、菊池肥後太郎武俊と呼ばれる者が、亡くなった武朝に縁のある者を集めて、肥後国阿蘇郡の阿蘇山の古城に立て籠り、近郷や隣郡を襲撃して、もっぱら猛威を振るう実情を、九州の守護大伴親春・太宰少弐らが上京させた急使が
とりべ野(栄花物語)(日本古典文学全集)
〔一〕こうして八月ごろになると、皇后宮(定子)は、ただなんとなく心細いお気持になられて、明け暮れ御涙に濡れて、おいたわしいご様子でお過しになる。荻の葉を鳴らす風も萩の下枝に置く露もいちだんと御心にとまるような御有様でお過しあそばすにつけても
あて宮(うつほ物語)(日本古典文学全集)
〔一〕さて、あて宮が東宮に入内なさることは、十月五日と決定した。求婚なさっていた人々は、これを聞いてうろたえなさることこのうえない。そのなかにも、源宰相と御兄の侍従は、すっかり落胆して、ただもう死にそうだと心を惑わしいらだって
徳川実紀(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
初代家康(いえやす)以来10代家治(いえはる)に至る徳川将軍の実録。本編には編年体で歴代将軍の政治的業績を収録し、付録にはその嘉言(かげん)・善行を集め記す。本名は『御実紀』で、『徳川実紀』は俗称。「東照宮(家康)御実紀」のほかは歴代ごとに諡
読史余論(日本大百科全書・世界大百科事典)
新井白石(あらいはくせき)の著した史論書で、1712年(正徳2)における将軍徳川家宣(いえのぶ)への進講案。摂関(せっかん)政治から徳川家康の政権獲得に至る(実際は豊臣(とよとみ)秀吉の事業)までの政治史で、文徳(もんとく)天皇の世から建武中興
本朝通鑑(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
江戸前期の幕府編修の歴史書。神代から後陽成(ごようぜい)天皇に至るまでの日本の通史。中国の『資治通鑑(しじつがん)』の名称と記述法に倣ったもの。正編(初名は『本朝編年録』)は林羅山(らざん)が3代将軍徳川家光(いえみつ)の命により編修、神武(じんむ)
信長公記(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
織田信長(おだのぶなが)の伝記。『信長記(しんちょうき)』ともいう。作者は太田牛一(おおたぎゅういち)。1568年(永禄11)の信長上洛(じょうらく)から82年(天正10)本能寺の変で倒れるまでの15年間の事跡を、1年1巻として記す十五巻本と
吾妻鏡(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
鎌倉幕府が編纂(へんさん)した幕府自身の歴史書。東鑑とも書く。巻数未詳(現存部分は、欠巻1巻を含め52巻)。将軍ごとの編年体の形をとり、1180年(治承4)以仁王(もちひとおう)、源頼政(よりまさ)の挙兵から、1266年(文永3)前将軍宗尊
日本紀略(日本大百科全書・国史大辞典)
神代から後一条(ごいちじょう)天皇(在位1016~36)までの編年体の史書。34巻。著者不詳。成立は平安末期。『日本紀類』『編年紀略』ともいう。前半は六国史(りっこくし)を抄録したもの。後半は、書法、体裁がまったく前半と異なり、公私の日記などを史料と
歴史物語(日本大百科全書・国史大辞典)
日本文学史上の一ジャンル。歴史に取材した物語の総称。作品としては、『栄花(えいが)物語』『大鏡(おおかがみ)』『今鏡』『水鏡』『増(ます)鏡』などがあり、これに『秋津島(あきつしま)物語』(作者不詳)、『月の行方(ゆくえ)』(荒木田麗女)
中世和歌集(日本古典文学全集)
御裳濯河歌合西行法師判者俊成卿一番左持山家客人岩戸を開けた天照大神のその昔に、いったい誰がこのように(御裳濯河のほとりに美しく咲いている)桜を植えたのであろうか。右野径亭主神路山には月が清らかに澄んで
黒本・青本(世界大百科事典)
江戸で刊行された初期草双紙の一類。赤本に次いで現れ,体裁もほぼ踏襲している。中本型5丁が定型で毎丁に挿絵,その余白に平仮名本文を記す。上下または上中下,まれに5~10冊で1編を構成する。黒本は黒色表紙,青本はおそらく萌黄色退色の藁色表紙で,意匠の
赤本(日本大百科全書・世界大百科事典・日本国語大辞典)
江戸中期の草双紙(くさぞうし)の一種。幼童向けの絵本で、表紙が丹色(にいろ)(赤)のためこの名がある。寛文(かんぶん)末年(1670ころ)より、江戸で正月に出版され、享保(きょうほう)(1716~1736)ごろより、大半紙半切の中本型、5丁
奈良絵本(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
御伽草子(おとぎぞうし)、舞(まい)の本(幸若(こうわか)舞)などに彩色の挿絵を入れた古写本。奈良絵本は興福寺などの絵仏師が注文や売品としてつくったものであるといわれるが、その名称は明治中期ころにつけられたもので、江戸時代には単に古写本、かき本などと
紫式部日記(日本古典文学全集)
〔一〕秋の色合いが、あたり一帯に立ちそめるにつれて、ここ土御門のお邸のたたずまいは、言いようもなく風情がある。池の岸辺の木々の梢や、遣水の汀の草むらなど、とりどり一面に色づいて、空一帯の様子も夕映え美
このついで 堤中納言物語(日本古典文学全集)
〔一〕「起きもせず寝もせで夜をあかしては」と古歌に詠まれた春雨を、中宮が物思わしげに眺めていらっしゃる昼のころ、台盤所にいる女房たちが、「宰相中将様がいらっしゃるのですね。いつものお召し物の薫物のにお
花桜折る少将 堤中納言物語(日本古典文学全集)
〔一〕月の光にだまされて、夜深いころ、もう暁かと起きだしてしまったが、常に似ぬ早帰りをどう思っているだろう、と今別れてきた女の心中が不憫にも思われるけれど、引き返すにも遠い道のり、このまま帰るとしよう
浮世物語(日本古典文学全集)
【現代語訳】一浮世という事「ちょっと古くなりましたが、俗謡の『おかしなものだ、心というのは、自分のものでありながら、少しもままにならぬとは』という歌を、身分ある人も庶民も、男も女も、老人も若者も、みなうたっていま
御伽物語(日本古典文学全集)
【現代語訳】第一荒れ果てた寺を再興した僧の事昔の人で、時を惜しんで、灯を掲げ、夜を昼のように明るくして、続けて過した人がいる。それなのにあなたはなぜ、時を惜しまずお眠りなさるのか。私のような、聞いた片端から忘れる
一休ばなし(日本古典文学全集)
この数年来、栗栖野の片隅に閉じこもって、萩の下枝や篠の葉などを集めてきて、それを葺き並べて、雨漏りのする粗末な庵の漏りを止め、嵐を防ぐ手だてとし、たった一鉢の食物や藜の吸い物をすすって、うつらうつらと
曾我物語(日本古典文学全集)
日本の報恩の合戦、謝徳の闘諍の集並びに序〔一〕そもそも、日域秋津島と申すのは、国常立尊からこの方、天神七代・地神五代、合せて十二代は、神代のこととてさて置く。地神五代の末の御神を、早日且居尊と申しあげ
御裳濯河歌合(日本古典文学全集)
御裳濯河歌合西行法師判者俊成卿一番左持山家客人岩戸を開けた天照大神のその昔に、いったい誰がこのように(御裳濯河のほとりに美しく咲いている)桜を植えたのであろうか。右野径亭主神路山には月が清らかに澄んで
傾城買四十八手(国史大辞典・世界大百科事典)
江戸時代後期の洒落本。山東京伝作。寛政二年(一七九〇)刊。一冊。さまざまのタイプの遊客遊女との会話を四つの場面に描き分け、遊興・恋愛における男女の手くだ・技巧・感情を細かく鋭い観察と巧妙な写実手法によって、辛辣にまたユーモラスに描き、のちの諸作品への
通言総籬(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
山東京伝作の洒落本(しゃれぼん)。一冊。天明七年(一七八七)刊。京伝の当り作の黄表紙(きびょうし)『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』(天明五年)中の人物、艶二郎・喜之介・志庵をそのまま流用し、其一に喜之介宅、其二に吉原遊里と、二つの場面
遊子方言(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
洒落本。一冊。田舎老人多田爺(ただのじじい)作。明和七年(一七七〇)刊と推定される。通人ぶった中年の男が若い息子ふうの男を連れて、柳橋から吉原仲の町の茶屋を経て遊女屋に遊び、盛んに高慢をいい知ったかぶりを見せるが、結局は遊女に冷遇され、おとなしい息子
唐詩選国字解 1(東洋文庫)
江戸時代を代表する詩人服部南郭が,弟子を相手に『唐詩選』の詩を一首ずつ分かりやすく講釈した当時のベストセラー。口述なので語り口の妙が楽しい。本書はこれに現代の研究にもとづく訳解を補った。第1巻は,五言古詩,七言古詩,五言律詩。解説を付す。1982年
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