「社会」カテゴリの記事一覧
オンライン辞書・事典サービス「ジャパンナレッジ」の「社会」のカテゴリ別サンプルページです。
ジャパンナレッジは日本最大級のオンライン辞書・事典サービスです。
「国史大辞典」「日本古典文学全集」「日本国語大辞典」「世界大百科事典」「日本大百科全書」など80種類以上の辞書・事典をパソコン、タブレット、スマートフォンで利用できます。
「国史大辞典」「日本古典文学全集」「日本国語大辞典」「世界大百科事典」「日本大百科全書」など80種類以上の辞書・事典をパソコン、タブレット、スマートフォンで利用できます。

後陽成天皇(国史大辞典・世界大百科事典)
一五七一 - 一六一七 一五八六―一六一一在位。元亀二年(一五七一)十二月十五日正親町天皇の皇子誠仁親王(陽光太上天皇)の第一王子として誕生。母は贈左大臣勧修寺晴右の女晴子(新上東門院)。初名和仁(かずひと)、慶長三年(一五九八)十二月

後水尾天皇(国史大辞典・世界大百科事典)
一五九六 - 一六八〇 一六一一―二九在位。慶長元年(一五九六)六月四日後陽成天皇の第三皇子として誕生。母は関白近衛前久の女前子(中和門院)。諱は政仁(ことひと、初訓「ただひと」)。同五年十二月二十一日親王宣下、同十六年三月二十七日

霊元天皇(国史大辞典・改訂新版 世界大百科事典・日本人名大辞典)
一六五四 - 一七三二 一六六三―八七在位。諱は識仁(さとひと)、幼称は高貴宮(あてのみや)。後水尾天皇の第十九皇子として承応三年(一六五四)五月二十五日誕生。母は新広義門院(贈左大臣園基音の女国子)。誕生の年、後光明天皇の養子と定められ

桃園天皇(国史大辞典・世界大百科事典)
一七四一 - 六二 一七四七―六二在位。諱は遐仁(とおひと)、幼称ははじめ八穂宮(やほのみや)といい、のちに茶地宮(さちのみや)と改称。桜町天皇の第一皇子として寛保元年(一七四一)二月二十九日誕生。母は開明門院(権大納言姉小路実武の女定子)

孝明天皇(国史大辞典・世界大百科事典)
一八三一 - 六六 一八四六―六六在位。天保二年(一八三一)六月十四日仁孝天皇の第四皇子として誕生。母は贈左大臣正親町実光の女雅子(新待賢門院)。諱は統仁(おさひと)、幼称は煕(ひろ)宮という。天保六年六月儲君治定、同年九月親王宣下

明治天皇(国史大辞典・世界大百科事典)
一八五二 - 一九一二 一八六七―一九一二在位。嘉永五年(一八五二)九月二十二日、孝明天皇の第二皇子として京都石薬師門内の権大納言中山忠能の邸に生まれる。生母は忠能の娘典侍中山慶子。幼称は祐宮(さちのみや)。幼少時は中山邸で起居したが

大正天皇(国史大辞典・日本人名大辞典)
一八七九 - 一九二六 一九一二―二六在位。明治十二年(一八七九)八月三十一日午前八時十二分、東京青山御所内御産所にて生誕。明治天皇第三皇子、生母権典侍柳原愛子。九月六日、嘉仁(よしひと)と命名、明宮(はるのみや)と称した

昭和天皇(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
一九〇一 - 八九 一九二六―八九在位。明治三十四年(一九〇一)四月二十九日午後十時十分、東宮御所に生誕。皇太子明宮嘉仁親王(のちの大正天皇)と皇太子妃節子(のちの貞明皇后)の第一皇子。五月五日明治天皇より裕仁(ひろひと)と命名され

上皇(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
譲位した天皇の尊称。正式には太上(だいじょう)天皇と称する。中国の太上皇(たいじょうこう)、太上皇帝の称に始まり、太上は最上または至上の意。日本では697年(文武天皇1)譲位した持統(じとう)天皇が初めて太上天皇と称し、大宝令(たいほうりょう)

太上天皇(国史大辞典・日本国語大辞典)
譲位した天皇の称。「だいじょうてんのう」とも訓む。略して上皇あるいは太皇ともいい、また御在所を意味する院の称も用いられ、さらにその御在所を神仙の居所に擬して仙院・仙洞・藐姑射山(はこやのやま)・茨山(しざん)などとも称された。

歎異抄(日本古典文学全集・国史大辞典・世界大百科事典)
(第一部) (序)心の中でこっそり、愚かな考えをあれこれと働かせ、おおよそ、親鸞聖人ご在世の昔と、これを書いている今との状況を比べて究明してみると、亡き師が直接、口伝えに教えてくださった、真実なる信心と違ってきていることを悲しく思い

山車(国史大辞典・世界大百科事典)
祭に担がれ、曳かれる屋台。壇尻(だんじり)ともいう。作り山・柱・笠鉾・人形・吹き花・鳥獣・草木などで飾るので、鉾・山などの名もある。ダシとは本来、柱や鉾の先につけた御幣・花・榊・髯籠(ひげこ、放射状に編み残しの竹をつけた籠)など

お練り(御練)(改訂新版 世界大百科事典・日本国語大辞典)
神輿(みこし)などを中心とした祭礼行列や,仏事における菩薩の行道(ぎようどう)をいう。練物,邌物(ねりもの)などとも称す。祭礼行列には意匠を競った風流(ふりゆう)の山車(だし),屋台,山鉾,傘鉾,車楽(だんじり)などや,仮装の一団が付随する

おせち料理(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
おせちはお節(せち)、すなわち五節供(ごせっく)の意で、中国渡来の年中行事であるが、その代表的なものは正月の節供なので、節供料理すなわちおせち料理は正月料理の意になっている。五節供は人日(じんじつ)(1月7日)、上巳(じょうし)(3月3日)

アカマタ・クロマタ(世界大百科事典・日本大百科全書)
八重山群島西表(いりおもて)島の古見を中心とする村々で旧6月におこなわれる豊年祭〈プール〉に登場する仮面仮装の神。野生の草木におおわれた全身を微細なリズムに揺らしつつ森の奥深くから村の中に立ち現れるこの仮面神の祭祀には,一定の通過儀礼をへた成人男子

日本のおもな郷土玩具(日本大百科全書(ニッポニカ))
〔北海道〕アイヌ人形(アイヌにんぎょう)アイヌの風俗や伝説の神を多く主題とした木彫り人形。こけしに似たニポポ、小人伝説に登場する神コロポックル人形、男女像が一対(つい)となった穴の中の神様トンチカムイなどがあり、道内の各観光地で売られている

天神祭(国史大辞典・世界大百科事典・日本国語大辞典)
七月二十五日、大阪天満宮で行われる夏祭。天満祭ともいう。その盛況で日本三大祭ともいわれている。祭事の中心となる船渡御に先立って、二十四日の宵宮祭が斎行され、鉾流神事がある。これは、本来、神幸の御旅所(おたびしょ)を、その漂着先で定めるものだった

地方分権一括法(日本大百科全書(ニッポニカ))
中央集権的な行政の在り方を見直し、国から地方へ権限や財源の移譲を進める法律の総称。地方自治法を中心に複数の法律を一度に改正するので一括法の名がある。1993年(平成5)から2001年(平成13)までの第一次地方分権改革で成立した「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」

風流踊(改訂新版 世界大百科事典)
趣向をこらした扮装の者たちが,集団で笛・太鼓・鉦(かね)・鼓などの伴奏にあわせて踊る踊り。歌は室町時代後期から近世初期にかけて流行した小歌を,数首組歌にして歌う場合が多い。現在風流踊は民俗芸能として,太鼓踊,カンコ踊,神踊(かみおどり)

浜下り(日本大百科全書・世界大百科事典)
沖縄県沖縄諸島などで、災厄を払い除くために、浜辺に出て行う清めの行事。浜降りとも書く。この地方では、一般に野鳥が家の中に入ると不吉であるといって忌む風習があり、その厄払いに浜下りを行う。小鳥が位牌(いはい)に止まることを極度に忌むほか

食糧自給率(世界大百科事典)
ある国の食糧の総消費のうち,国内で生産されるものの比率。自給率にはまず各品目別の自給率がある。これは米なら米の総消費量(国内消費仕向け量)で国内生産量を割った数値である。次によく利用されるのは穀物自給率であり,米,麦,飼料穀物などの穀物の総量について

チャッキラコ(日本大百科全書・世界大百科事典)
神奈川県の海南神社(三浦市三崎)の1月15日の祭りに踊られる小歌(こうた)踊。花暮(はなぐれ)と仲崎(なかさき)地区の7歳から13歳ぐらいまでの少女約20名で踊るが、歌は中年の女性たちが受け持つ。伝承曲目は『ハツイセ』『チャッキラコ』『二本踊』

柝(世界大百科事典)
神事や祭礼をはじめ民俗芸能,見世物,相撲,人形浄瑠璃,歌舞伎などの開始,段落,終了の合図として打たれる四角に削った二つの木片。拍子木ともいう。雅楽の笏拍子(しやくびようし)や声明(しようみよう)の割笏(かいしやく)のように,楽器としての性格の強いもの

神幸祭(国史大辞典・世界大百科事典)
神社祭祀のうち、神霊が本社より他所に渡御する祭。「おわたり」「みゆき」「おいで」などとも称し、その帰りを還幸祭と呼ぶ場合もある。起源は不詳であるが、古代末期にはすでに行われていた社があり、中世以降多くの社でなされるようになったものとみられる

祭囃子(日本大百科全書・世界大百科事典)
祭礼囃子ともいう。神輿(みこし)が御旅所(おたびしょ)に渡御(とぎょ)するいわゆる神幸(しんこう)祭に、付祭(つけまつり)と称して氏子たちが出す山車(だし)(山、鉾(ほこ)、だんじり、屋台など車付きのもの、山笠(やまがさ)、きりこのように担ぐもの

金正恩(世界人名大辞典)
1984.1.8~北朝鮮の政治家.金正日(キムジョンイル)の3男.生年は1983年説もある.北朝鮮で生まれ,スイスの公立学校に在学しドイツ語などを学んだ [96-2000].帰国後,金日成総合大学を経て,金日成軍事総合大学特設班で砲術を学んだ [02-07]とされる

朝鮮労働党(世界大百科事典)
朝鮮民主主義人民共和国の政権を担う政党。1930年代の抗日パルチザン闘争の革命伝統を継承し,金日成のチュチェ(主体)思想を指導指針とし,〈共和国北半部における社会主義の完全な勝利と全国的範囲における民族解放民主主義革命・祖国統一の実現を当面の目的

出雲神楽(国史大辞典)
出雲地方の神楽。佐太神社(島根県八束郡鹿島町)の神楽をその中心とする。佐太神社の「御座替祭」(九月二十五日、もと八月二十四日・二十五日)に、古くは島根・秋鹿・楯縫・意宇(西半分)の三郡半の神職が祭事に奉仕し、その後に天下国家の御祈祷として

神楽(世界大百科事典)
神前で神をまつるために演じられる神事芸能で,奏楽,唱歌,舞踊,演劇などさまざまな芸態がある。〈かぐら〉というよみ方については,神座(かむくら)の音韻転化とする説(折口信夫)が定説化している。神楽の字の用例は《万葉集》の諸歌に〈神楽波(ささなみ)の滋賀

里神楽(国史大辞典・世界大百科事典)
宮廷以外の諸社・民間で奏される神楽。里は平安京の内裏の外の市街地をいう。平安時代には、石清水・賀茂・祇園・北野・大原野・吉田・春日・住吉などの諸社に、宮廷の楽人を差し向けて奏する場合に里神楽と称した。このとき宮廷では試楽があり