ある感染症が世界的に広がり、複数の国や大陸にわたって影響を及ぼす状態をさす。歴史を通じて、パンデミックは多くの人々の生活に重大な影響を与え、社会・経済・医療に深刻な負担をかけてきた。現代においては、人々の交流や移動が活発化し、航空網の発達により感染症が急速に世界中に広がる可能性が高まっている。
以下に、過去のパンデミックの例とその影響をいくつかあげる。
①黒死病(14世紀)
14世紀にヨーロッパを襲った「黒死病」(ペスト)は、多くの人命を奪い、社会経済にも大きな影響を及ぼした。この感染症はペスト菌Yersinia pestisによって引き起こされ、ネズミに寄生するノミを介して人々に感染した。ペストははじめ、中央アジアで発生したと考えられ、1347年にヨーロッパに到達し、数年間でヨーロッパ全体に広がった。このパンデミックの結果、ヨーロッパの人口の30~50%が死亡したとされている。社会的には、労働力の急減によって封建制度が崩壊し、都市の人口減少とともに経済構造が大きく変化した。
②スペインかぜ(1918年)
1918年から1919年にかけて流行した「スペインかぜ」は、H1N1型インフルエンザウイルスによって引き起こされた。このウイルスは、第一次世界大戦の終結に伴い、帰還兵を通じて世界中に広がり、約5億人が感染したと推定されている。
このパンデミックは、ほかのパンデミックとは異なる特徴をもっていた。というのは、通常のインフルエンザは乳幼児や高齢者が重症化しやすいが、スペインかぜでは20~40歳代の若年成人において重篤化し、死亡するケースが多かった。最終的に、このパンデミックによる死者は5000万人から1億人にも達したと考えられている。
スペインかぜがこれほどまでに致命的となった要因としては、当時の医療技術が未発達であったこと、戦争による栄養不足や、戦時下で人々が過密状態におかれていたことなどがあげられる。また、国際的な交通網の発達がウイルスの急速な拡散を助長した。このパンデミックを契機に、国際社会は感染症の監視やワクチン開発の必要性を認識し、のちに世界保健機関(WHO)が設立されるきっかけとなった。
③インフルエンザH1N1(2009)(2009年)
2009年に発生した「インフルエンザH1N1(2009)」は、豚インフルエンザウイルスがヒトに感染して引き起こされた。メキシコで最初に確認され、急速に世界中に広がった。
このパンデミックにより、WHOは約1年間にわたりパンデミック警戒レベルを当時の最高レベル(フェーズ6)に引き上げた。
H1N1型ウイルスは、1918年のスペインかぜと同じ系統のウイルスであったが、その致死率は比較的低かったため、スペインかぜほどの甚大な被害は生じなかったものの、感染者数は全世界で数億人に達したものと推定され、20万人以上が死亡したとされている。しかし、ワクチン開発や医療体制の強化が迅速に行われたことが感染拡大を抑える鍵となった。
④新型コロナウイルス感染症(2019年~)
「新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)」は、SARS-CoV-2(サーズコブツー)というコロナウイルスによって引き起こされ、2019年12月に中国の湖北(こほく)省武漢(ぶかん)で初めて確認された。ウイルスは急速に世界中に広がり、多くの国でロックダウン(都市封鎖)や外出制限といった厳しい対策がとられた。パンデミック初期には有効な治療法やワクチンが存在せず、医療現場は混乱し、とくに高齢者や基礎疾患をもつ人々が重篤化するケースが多かった。
COVID-19は社会や経済にも甚大な影響を与えた。多くの企業が休業を余儀なくされ、世界経済は一時的に停滞した。さらに、長期にわたるロックダウンによるメンタルヘルスへの影響、リモートワーク(テレワーク)の普及、教育現場でのオンライン授業の増加など、生活様式にも大きな変化が生じた。ワクチンの迅速な開発と接種キャンペーンにより、感染拡大はある程度抑えられたが、世界的な流行はなお継続している。
⑤HIV/AIDS(1980年代~)
「HIV/AIDS」もパンデミックの一例である。HIV(ヒト免疫不全ウイルス)は1980年代に初めて認識された、免疫系を攻撃するウイルスで、感染によりAIDS(エイズ/後天性免疫不全症候群)に進行する可能性がある。血液や体液を介して感染する。とくにアフリカを中心に世界中に拡散し、これまでに何千万人もの命を奪ってきた。
HIV/AIDSは、とくに社会的弱者や貧困層に深刻な影響を与えてきた。このパンデミックは、感染症としての問題だけでなく、社会的スティグマや差別も引き起こし、治療や予防の面においても多くの課題が生じた。しかし、治療法の開発や予防策の進展により、抗レトロウイルス療法(ART)を受けたHIV感染者の寿命は大幅に延びるようになった。
パンデミックと類似した表現に「エピデミック」(epidemic)がある。エピデミックは、特定の地域や集団で急速に感染症が広がる現象をさし、パンデミックよりも規模が小さく、地域的な広がりにとどまることが多い。
たとえば、2014年から2016年にかけてアフリカで流行したエボラ出血熱や、2015年から2016年に中南米で蚊(か)を介して伝播したジカウイルスによる感染症(ジカウイルス感染症)はエピデミックに分類される。