2002年11月に中国の広東(カントン)省で発生、確認された感染症。英語名の頭文字をとってSARS(サーズ)と略称される。感染症予防・医療法では2類感染症に分類されている。2~7日程度の潜伏期間のあとに38℃を超す高熱、咳(せき)、筋肉痛などのインフルエンザ様症状がみられ、数日内に呼吸器症状が増悪し、呼吸困難、酸素飽和度の低下がみられ、重篤な肺炎に至る。致死率が高い一方、治療薬やワクチンはいまだ存在しない。
中国広東省を発生源として、2003年2月から3月にかけてシンガポール、香港(ホンコン)、ハノイ(ベトナム)、トロント(カナダ)などで重症肺炎の院内感染が流行した。世界保健機関(WHO)は、同年3月に各国に向けて警告を発し、4月23日中国の北京(ペキン)、山西(さんせい/シャンシー)省、トロントへの旅行者に対する渡航延期を勧告(トロントは30日解除)、5月には中国の天津(てんしん/ティエンチン)市、内モンゴル自治区、台湾全土へと勧告を拡大した(6月までにすべて解除)。7月、WHOは感染地域の指定をすべて解除、集団発生が終息したことを宣言したが、発生から約8か月後であった。WHOのまとめでは、2002年11月1日~2003年7月31日までに世界29か国・地域で8098件のSARS感染が報告された。死者は774人である(死亡原因がSARSの症例のみの数値)。国別では、中国本土5327件(死者349人)、香港1755件(同299人)、台湾346件(同37人)、カナダ251件(同43人)、シンガポール238件(同33人)、ベトナム63件(同5人)などとなっている。
2003年7月のSARS終息宣言以降では、同年9月にシンガポール、12月に台湾で医療関係者の、2004年1月に広東省で一般市民の、4月には北京および安徽(あんき/アンホイ)省において9人の感染者発生が確認されているが、いずれも大規模な感染の拡大には至っていない。
SARSの原因は変異した新型のコロナウイルスで、2003年4月16日、WHOはこのウイルスをSARSコロナウイルス(SARS-Cov(サーズコブ))と名づけた。なお、SARS-Covの自然宿主は中国に生息するキクガシラコウモリであることがのちに明らかにされている。
おもな感染経路は咳やくしゃみによる飛沫(ひまつ)感染とみられる。当初は医療関係者やその家族など、重症患者と濃厚に接する人が多く感染した。香港では、最初の患者に続く9人の患者は、看護者5人、病室の同室者1人、患者の同行者と見舞い客の2人、1人は最初の患者と同じホテル、同じ階の宿泊者であった。
厚生労働省はウイルスの国内侵入を警戒し、検疫体制を強めるとともに、2003年(平成15)4月、SARSを感染症予防・医療法に基づく「新感染症」の第1号に指定した。前述のように同年7月にSARSの流行は一応は終息したが、再流行の可能性を考慮し、同年11月施行の改正感染症予防・医療法で1類感染症に定められた。その後、SARSの感染力、罹患(りかん)した場合の重篤性などに基づき再分類の検討が行われ、2007年の同法の改正で2類感染症に変更された。
SARSの予防については、患者の早期発見と隔離以外には有効な措置はなく、流行時の一般的な予防法としては手洗い、うがい、マスク着用、体力や免疫力の維持、人ごみへの外出を控えるなどがあげられる。