芳香植物や薬用植物の花、茎、幹、根、樹脂、果皮などから抽出された天然植物由来の精油(エッセンシャルオイル)を使用し、健康や美容に役だてる自然療法のこと。アロマテラピー(アロマセラピーともいう)は「アロマaroma(芳香)」と「テラピーthérapie(療法)」を組み合わせた造語であり、「芳香療法」と訳される。香りを利用した療法だけでなく、精油を塗布しマッサージやトリートメントが行われることから「精油療法」ともよばれる。近年では、精油のさまざまな薬理作用が明らかになり、「メディカルアロマテラピー」として、医療現場での有効活用も期待されている。
芳香植物や薬用植物を利用した現代のアロマテラピーと類似した療法や美容法は、古代から世界各地で行われてきた。たとえば、古代エジプトでは芳香植物や香料が宗教的儀式で用いられ、ミイラ製造時には腐敗防止に乳香(フランキンセンス)や没薬(もつやく)(ミルラ)といった樹脂が利用された。さらに古代ギリシアの「医学の父」とよばれたヒポクラテスは、女性患者の治療にマッサージや芳香療法を推奨していたとされている。
また、ローマ帝国の皇帝ネロには、バラから抽出した香油を身体に塗ったり、部屋中をバラの花びらで埋め尽くすといった豪快な逸話が残っており、いずれも権力者ゆえに貴重品である芳香植物やその抽出液を用いることができたと推測される。
一方、古代アジアでは、インドで5000年以上続く世界三大伝統医学の一つであるアーユルベーダが行われ、カルダモン、ジャスミン、ロータスなど多くの芳香植物が使用されてきた。また、古代中国の薬典には、約20種類の薬用植物(ローズ、ジャスミン、カモミール、ジンジャーなど)が記載されている。そのなかには、精油に用いられるオレンジなどミカン科の植物があるが、これらはインドが原産地であり、中国を経てギリシアやローマなどの地中海沿岸地域に伝わったとされる。
さらに聖書にも芳香植物に関する記載がある。旧約聖書には紀元前2000~1000年ころの儀式などに使用された香料やブレンド法などが、新約聖書にはイエス・キリスト誕生の際、東方の三博士が黄金のほか乳香、没薬を捧げたことが記されており、乳香と没薬は「神の薬」とよばれるようになった。
10世紀末にはアラビアで蒸留法が発明された。11世紀に入り、ペルシア人の哲学者で医学者でもあるイブン・シーナーが精油の抽出法を確立したとされ、この技術がヨーロッパに伝わり、アロマテラピーの発展に影響を与えたと考えられている。
14世紀のハンガリーでは、エリザベート王妃が晩年にリウマチに悩んでいたところ、修道僧が献上したローズマリーの抽出液でリウマチが治り、さらに隣国の王子から求婚されるほど若返り、この献上品は「若返りの水」とよばれるようになったという逸話が残っている。
ルネサンス時代(14~16世紀)以降になると、産業革命とともに精油の抽出法がさらに発達してきた。一方、人口増加に伴う公衆衛生の問題から伝染病が流行し、当時の医師やハーバリスト(ハーブの専門家)らは、芳香植物の抗菌作用を利用して街の浄化を試みた。たとえば、芳香植物を用いたかがり火、ハーブを窓に置くことや、ローズ水に酢を混ぜた液で掃除することを推奨した。さらに16~17世紀ころのヨーロッパでは香料産業が盛んになり、とくにフランス南部のプロバンス地方のグラースは、香水の町として発展した。
19世紀に入ると、イギリスの薬局方にラベンダー、ローズマリーなど多くの精油が収載され、また1887年には精油の抗菌作用が科学的に証明された。
20世紀に入ると、フランスの香料研究者ルネ・モーリス・ガットフォセRené-Maurice Gattefossé(1881―1950)は、自身の火傷(やけど)にラベンダー精油を塗ったところ治りがよかったため、その経験を機にエッセンシャルオイルの研究を始めた。1937年、その研究成果をまとめた本『Aromathérapie』が出版されると、世界中に芳香療法を意味するアロマテラピーが広まった。また、同じくフランスの軍医であったジャン・バルネJean Valnet(1920―1995)は、インドシナ戦争で精油を消毒薬として利用、精油を用いた治療効果を『Aromathérapie』で発表し、近代のアロマテラピーの発展に貢献した。さらにガットフォセの弟子であるオーストリア生まれの生化学者マルグリット・モーリーMarguerite Maury(1895―1968)は、精油を用いた独自のスタイルのマッサージ法を開発し、イギリスを中心に美容関連分野にアロマテラピーを広めた。また、モーリーの影響を強く受けたミシェリン・アルシェMicheline Arcier(1923―2006)はその技術を継承し、さらに独自で効果的な手技を開発するとともに、多くのアロマテラピストを育成した。
日本では高度経済成長期に入った1960年代以降、長時間労働に伴うストレスなどの社会問題が生じ、芳香植物はまず「いやし」として受け入れられるようになった。1970年代になるとポプリが流行し、芳香植物のドライフラワーが人気となった。同時期には、ジャン・バルネの著書が世界中で出版された。さらに、1977年にはイギリスのロバート・ティスランドRobert Tisserand(1948― )の『The Art of Aromatherapy』(アロマテラピー――〈芳香療法〉の理論と実際)が各国で出版され、世界中にアロマテラピーの礎(いしずえ)を築くことになった。一方、日本では鳥居鎮夫(とりいしずお)(1924―2012。東邦大学名誉教授)がアロマテラピーの研究を先導的に行い、精油の香りの心理効果を発表した。
また、1980年代にはエステティックブームにのって、イギリス式のアロマテラピー(おもにリラクゼーションや美容)を学んだ者がエステティックサロンで施術するようになった。
1990年代に入ると、日本では雑貨として扱われていた精油による健康被害が続出するようになった。このような状況をかんがみ、1997年(平成9)「安全で効果のある正しいアロマセラピーの実践」を目ざした学術団体である日本アロマセラピー学会(初代理事長:塩田清二)が発足した。現在では医療従事者や研究者などが中心となり、アロマテラピーに関する科学的・医学的知識や技術の向上を目ざした活動が行われている。
近年では国内外でアロマテラピーの科学的研究が進み、精油の抗菌・抗ウイルス作用をはじめ、抗ストレス作用、抗不安作用、抗うつ作用、多幸感作用、自律神経調節作用、内分泌調節作用、免疫機能の改善、認知症の症状の一部緩和などが報告されている。さらに最近では、さまざまな医療関連の現場(心療内科、産婦人科、歯科、終末期医療、介護施設など)において、精油の有効活用を試みる「メディカルアロマテラピー」が注目され、アロマテラピーは近代医療と組み合わさることで症状の緩和を図る補完代替医療の一つとして認識されるようになってきた。
精油のさまざまな薬理作用はスポーツの現場においても有効であることから、近年ではアスリートを中心として、精油を用いたスポーツマッサージ、芳香浴、アロマバスが行われている。これらは、「スポーツアロマ」と称され、有効なコンディショニング法として導入されている。