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日本大百科全書(ニッポニカ)

家畜

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家畜
かちく
domestic animal
livestock

繁殖が人間の管理のもとで行われ、人間の利用目的にかなった形質および能力を付与された動物。利用の目的によって農用動物farm animal、伴侶(はんりょ)動物companion animal、実験動物laboratory animalの3種に大別することができる。また、広義の家畜はこの3種を含むが、狭義には農業生産に直接かかわっている農用動物のみを意味することもある。農用動物は乳、肉、卵、毛、皮革、羽毛などの畜産物を生産する用畜と、労働力を提供する役畜とに大別される。

[正田陽一][西田恂子][新村 毅]2025年6月17日

おもな家畜の種類

現在、家畜として取り扱われているおもな動物は次のとおりである。

①哺乳(ほにゅう)類 ウシ、バリウシ、ガヤル、ヤク、スイギュウ、メンヨウ、ヤギ、フタコブラクダ、ヒトコブラクダ、アルパカ、ラマ、トナカイ、ブタ、ウマ、ロバ、イヌ、ネコ、ウサギ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ミンク、フェレット。

②鳥類 ニワトリ、シチメンチョウ、ホロホロチョウ、ウズラ、アヒル、バリケン、ガチョウ、イエバト、カナリア。

③魚類 コイ、キンギョ、グッピー。

④昆虫類 カイコ、ミツバチ。

 東南アジアで使役されているインドゾウや鵜飼(うかい)に使われるウミウを家畜とよぶ場合もあるが、これらは人間の管理下で繁殖しておらず、家畜の範疇(はんちゅう)には入らない。一般に日本では魚類、昆虫類は除いて、哺乳類と鳥類に属するもののみをさす場合が多い。また、鳥類に属するものを家禽(かきん)として、哺乳類だけを狭義の家畜とよぶこともある。

[正田陽一][西田恂子][新村 毅]2025年6月17日

家畜化の成立

人間が家畜化に着手したのは約2万年前、新石器時代のこととされている。家畜化の動機としては食料の安定供給という経済的な目的のほかに、神への「いけにえ」にするという宗教的な目的や、伴侶動物としての存在意義などもあったと考えられる。

 また、動物の側にも家畜化されやすい要因が存在した。イヌやブタは野生の生態での掃除屋scavengerとしての性格から、人間の生活へ接近して共生関係が発生し、家畜化が始まったとされている。ヒツジやヤギは雑草類を肉や毛皮に効率よく変換できる反芻(はんすう)動物であることと、比較的小型で、群れで生活するため、管理しやすい動物であったことが考えられる。このような家畜化はイヌで約2万~1万年前、メンヨウ、ヤギ、ウシ、ブタで約1万年前、ニワトリで約8000年前、ウマで約5000年前に始まったとされている。

 家畜はそれぞれ野生動物を祖先にもっているが、その祖先種は単一のものもあるし、複数のものもある。単一の祖先種をもつと考えられているものにも、家畜化されてから近縁の他種の遺伝子が導入されている場合もある。おもな家畜の祖先種を括弧内に示す(下線は絶滅種)。

 ウシ(オーロックス)、ウマ(モウコノウマ、タルパン、シンリンタルパン)、メンヨウ(ムフロン、ウリアル、アルガリ)、ヤギ(ベゾアールヤギ、マーコールヤギ)、ブタ(イノシシ)、ウサギ(アナウサギ)、ニワトリ(セキショクヤケイ)、アヒル(マガモ)、ガチョウ(ハイイロガン、サカツラガン)、シチメンチョウ(ヤセイシチメンチョウ)。

 家畜は人間の飼育管理のもとにあることによって、野生動物のときに受けていた自然淘汰(とうた)の圧力を避けることができ、そのかわりに人間の飼育目的に向けての人為淘汰を加えられることになる。その結果、形態的にも生理的にもさまざまな変化が認められる。形態的変化としては毛色の不規則な斑紋(はんもん)(ウシ、ウマ、ブタ、ヤギ)、骨の曲がりでなく筋肉の力で巻いた巻き尾(ブタ、イヌ)、耳たぶが大きく垂下した垂れ耳(ウシ、ヤギ、ブタ、イヌ、ウサギ)、下顎(かがく)骨の短縮により湾曲した顔面(ウマ、メンヨウ、ブタ、イヌ)などがある。生理的変化としては第一に繁殖力の増大がある。一般に動物は飼育下では性成熟に達する年齢が早くなり、そのうえ季節繁殖動物では繁殖期の幅が広くなって、周年繁殖動物に変わったものもある。また、多胎動物では産子数も増加する。第二に驚愕(きょうがく)反応のような、自己防衛に関する本能的な性質の退化が認められる。疾病に対する抗病性や環境に対する適応性についても、改良の進んだ品種では遺伝的な固定を図るために近親交配が行われているので、一般的に劣る場合が多い。このほか、家畜では野生のものに比べ種内の変異が大きい。これは、野生動物では自然淘汰が種の恒常性を保つように働くのに対し、家畜では改良目的によって異なった方向へと人為淘汰が働くためである。たとえば同じ家畜のイヌでもセントバーナードとチワワでは体重が100倍も異なり、これは野生種を含むイヌ科全体の変異よりも大きくなっている。

[正田陽一][西田恂子][新村 毅]2025年6月17日

育種

家畜はその飼養目的に向けて長い間改良が積み重ねられ、その生産能力は目覚ましい向上をみせている。哺乳動物は普通、自分の子を育てるのに足りるだけの乳しか分泌しないものであるが、乳用牛では年間1万~2万キログラムもの牛乳を生産する個体もいる。また、ヤケイは1年に十数個しか産卵しないが、卵用種のニワトリでは年間300個以上の卵を産む。このような生産能力の遺伝的改良のためには、優れた遺伝的資質を備えた個体を選抜し、これを種親(たねおや)として繁殖に供用することが必要である。優れた種親とは、高い生産能力をもち、その能力を発揮するのに十分な体型を備え、さらにそれらの資質が確実に次世代に遺伝するものである必要がある。

 そのために、生産能力を調べる能力検定(泌乳能力検定、産卵能力検定など)や繁殖能力を調べる産子検定、体型の良否を審査判定する外貌(がいぼう)審査、遺伝の確実さを確かめるための後代検定、血統登録などの事業が、それぞれの家畜について行われている。また近年、ブタやニワトリのように、実際の生産に携わる商業用個体と繁殖用の種親とがはっきり区別される家畜種では、商業用個体に雑種強勢(ヘテローシス)を利用することが有利なので、二元交雑から四元交雑(2系統から4系統が関与する交雑)までが計画的に行われており、そのための近親交配の繰り返しによる近交系の作出や、ヘテローシスが効果的に発揮される組合せのよい系統の選抜なども積極的に実施されている。

 一方、優良家畜の生産手段として、遺伝子操作技術を応用し、受精卵あるいは体細胞を用いて親の複製をつくりだすクローン技術の研究・開発が進んでいる。1996年にイギリスでクローン羊の生産に成功して以降、研究が進められているが、一般の畜産農家での生産には至っていない。

[正田陽一][西田恂子][新村 毅]2025年6月17日

繁殖

家畜を増殖させるのに、粗放な飼養形態では、群れのなかに雄も雌もいっしょに入れて交配を自然に任せることもあるが、効率のよい増殖を図り、かつ育種の効果を高めるためには、繁殖を人為的に管理する必要がある。

 ウシやブタは周年繁殖が可能であるが、季節繁殖動物のウマは春、メンヨウ、ヤギは秋がその時季で、この季節には雌に周期的に発情が訪れ、この期間だけ雄を許容するので、その兆候をみて適期に交配する。近年は人工授精の技術が普及し、交配のために家畜を輸送する必要がなくなった。また、精液を凍結して半永久的に保存することが可能となったため、少数の優れた雄を有効に利用することもできるようになった。最近では、優れた雌にホルモン処理により過排卵を誘導して人工授精をしたのち、回収した受精卵を、あらかじめ発情周期を同調させておいたほかの雌牛に移植して人工受胎させ、優れた雌の有効利用を図る技術も開発されている。さらにこの技術は、単胎のウシなどに双生子を人為的に産ませることもできるので、増殖に有効である。また、クローン技術の研究・開発が進み、従来の受精卵分割・核移植による方法とは別に、成体の体細胞からの生産も可能になっている。1996年、イギリスで体細胞を用いたクローン羊が、1998年には日本でクローン牛がつくられた。これは将来的に、雄なしに優良な家畜の大量コピーを可能にするものといえる。

 また、雌の妊娠の可否を早期に診断して、繁殖の効率を高める早期妊娠診断法も広く行われている。さらに分娩(ぶんべん)後、仔牛(こうし)を長く母牛につけ哺乳させることは、母牛に過大の負担をかけ、次回の繁殖を遅らせることになるので、早期に離乳し人工乳で育成する技術なども実施されている。

[正田陽一][西田恂子][新村 毅]2025年6月17日

飼養・管理

家畜の必要とする栄養素は人間と同様、タンパク質、脂肪、炭水化物、無機物、ビタミン類である。これらの栄養素を過不足なく、経済的にむだのないように給与するために、飼養標準が家畜ごとに定められている。家畜の体重から維持飼料として必要な養分量が決定され、それに生産(産乳、産肉、産卵、妊娠、発育、労働など)に見合う生産飼料の量を加える。そして飼料の養分含量から給与する飼料の量と配合割合を定める。ウシやヒツジのような草食動物は牧草や飼料作物といった粗飼料で維持飼料の分をまかない、生産飼料の分を濃厚飼料で補う。ブタやニワトリのような雑食性の動物では濃厚飼料が主体となるが、なるべく多種類の材料を配合したほうが、栄養が偏らなくてよい。草食性の家畜では放牧を中心に飼育することは家畜の健康によく、管理の労力を省けるという長所もある。しかし外界の不良な環境から家畜を守り、生産管理、衛生管理の作業の便を図るためには、畜舎を設けて舎飼(しゃが)いをする必要がある。ブタやニワトリのように土地との結び付きの弱い家畜では、多数の個体を集約的に舎飼いする方式がとられる。採卵鶏やブロイラーでのケージがこれにあたる。このような場合には家畜の排出物や畜舎の汚水が公害源となるおそれがあり、汚水処理の施設が必要となる。

 また、家畜の健康管理のためには皮膚のブラッシングや四肢の削蹄(さくてい)を行う必要もある。肥育用の家畜では雄は幼時に去勢する必要があり、産毛用のメンヨウでは生後まもなく断尾を行う。角(つの)のある家畜では群飼の際の事故防止のために除角(じょかく)をする。ニワトリでは尻(しり)つつきなどの問題行動を防ぎ、かつ飼料のむだを防ぐためにビークトリミングbeak trimming(嘴(くちばし)の先端部の切断。デビークともいう)が行われる。これらの体の切除を伴う操作は、アニマルウェルフェアの観点から、出産または孵化(ふか)後のできるだけ早期に実施することが望ましい。

[正田陽一][西田恂子][新村 毅]2025年6月17日

衛生

家畜の病気には、各種の伝染病をはじめ寄生虫病、栄養障害、繁殖障害、中毒症、腫瘍(しゅよう)病、骨折などの外科的疾患などがある。伝染病のうち、発生の予防や蔓延(まんえん)防止対策がもっとも重要なものは家畜伝染病に指定されており、これらに感染した家畜の所有者は、ただちに都道府県の家畜保健衛生所に届け出を行い、規定に基づく殺処分や消毒などの適切な処理をしなければならない。最近では、日本においても豚熱や鳥インフルエンザの流行がみられるため、疾病の予防に重点を置くことは重要である。また、重篤な症状を呈する死亡率の高い伝染病でなくとも生産性に大きな影響を与える疾病は多くあり、これらを適切な消毒方法によりいかに防除するかが、畜産経営のうえで重要である。

[正田陽一][西田恂子][新村 毅]2025年6月17日

おもな家畜と人間の歴史

イヌとネコ

人類が初めて家畜化した動物はイヌである。およそ1万年から1万2000年前ごろのヨーロッパや西アジア各地の中石器時代の遺跡に、確実な家イヌの出土例がみられる。またアメリカ合衆国中西部でも同じくらいに古い家イヌの骨が出土している。これは、ユーラシア大陸に由来するオオカミの子孫と考えられている。イヌの家畜化が、中央ヨーロッパや西アジアなどでおこり各地に伝播(でんぱ)していったのか、あるいは多元的に発生したのかは、いまなお明らかでないが、いずれにしても狩猟民が家畜化を行ったことは確かである。イヌの祖先種であるオオカミは、狩りをする動物として、狩る対象の動物群の退避行動を巧みにコントロールし、そのうちの数頭を孤立させ捕食する能力をもっている。こうした能力は、ほかの動物に比し、ヒトになれやすい性向とともに、中石器時代にすでに猟犬としての役割を担っていたことを推測させる。また嗅覚(きゅうかく)に代表される鋭い感覚能力や、攻撃力、家畜化の過程で培われてきた忠誠心などは、古い時代からの番犬としての用途をもたらした。牧畜文化の成立以後は、牧羊犬のように、遊牧家畜の管理にこれらの能力が利用されてきた。しかし家畜化の初期は、ヒトの居住地近くにきて食べ残しや廃棄物をあさる習性が注目されたと考えられ、また肉畜としての用途があったともいわれる。イヌの肉を食べる風習は今日なお、東南アジア、東アジアと南太平洋を含む地域や、西・中央アフリカにみられ、中国では特別の食用犬種チャウチャウが生み出され、フィリピンでは尾が活力の源として貴重視される。他方でイヌの肉が忌避され、飢餓などの特別な条件のもとでしか食べられない地域も広くみられる。これには宗教の影響があると同時に、イヌがヒトの忠実な従者として、ときに家屋内で飼われるように、イヌとヒトとの精神的な結び付きの強さが関係している。イヌは、その用途としてはすでに述べたものや、エスキモーのそり犬のような労役用のほかに、愛玩(あいがん)の対象として(ほかの用途との兼用も含め)現代に至るまで人類社会に深くかかわってきた。このことはまた、多種多様な形態をもつ品種の分化を生み出した。

 イヌと同じくペットとして代表的なのはネコである。しかしネコは、イヌに比して家畜化の歴史が浅い。ネコは、その繁殖に人為的なコントロールが及びにくく、いまなお野生的性格をもっとも多く保持している。家畜化の起源は、古代エジプトでリビアヤマネコを祖先種として行われたと考えられ、王国時代にはまったく普通の家畜として一般に飼われていた。家畜化の動機は、穀物貯蔵庫のネズミ退治にあったとされるが、偶像崇拝の対象、トーテムの一つとしても、早くから宗教的意義を帯びていた。ネコの首をもつバステト女神にみられるように神聖な動物であり、飼いネコは丁重に葬られ、ときにネコのミイラがつくられた。今日なおエジプトでは、ネコが幸運をもたらすものと信じられている。

 ところで、古代エジプトではイヌも崇拝の対象であった。イヌの祖先種との説もあるジャッカルは、ヒトの屍肉(しにく)をあさることから、その精霊も体内に取り入れると信じられ、冥界(めいかい)の王アヌビス神と同一視された。古代ペルシアにおいても、イヌはニワトリとともに、悪霊を追い払うものと考えられ、ギリシア神話のケルベロスは三つの頭をもつ冥界の番犬である。今日もヨーロッパの民間信仰では、夜にイヌがほえるのは死者の霊の近づいてくるのが見えるからといわれる。他方で、イヌを種族の始祖とする信仰もみられる。中国南部から東南アジア、内陸アジア、さらに東北アジアから北アメリカのエスキモーおよびイヌイット、そしてアサバスカン系の諸集団が住む広大な地域に、犬祖(けんそ)神話が分布する。代表的なのは、中国南部や東南アジアの山地民ヤオの槃瓠(ばんこ)神話である。また中国では古くからイヌが祭祀(さいし)のいけにえとされ、古代インドや古代ペルーでも同様の風習があった。以上のような信仰上の重要性が家畜化の最初の動機であったか否かは明らかでないが、それが少なくとも家畜化の過程を促す要因であったことは確かである。

[田村克己]

トナカイとヤギ・ヒツジ

イヌやネコなどのように、各家で1頭ないし数頭飼われる家畜は、家養家畜といわれる。他方で、本来の遊牧的・群居的生態を利用して集団的に飼われる家畜は、遊牧家畜と称される。後者は、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、トナカイなどの草食の有蹄(ゆうてい)類であり、これらの家畜化は人類社会にとり大きな意味をもった。すなわち、牧畜という生業が成立するとともに、家畜の遊牧的生態にあわせてヒトの居住地も移動するという遊牧民の生活様式が生み出された。有蹄類の家畜化の機縁として、約1万年前の西アジアの乾燥化のために、ヒトと動物が水場近くに接近して生活するようになったことが指摘できる。また人口増加と動物増殖とのバランスが崩れたことも重要な要因とされる。逆に、狩猟の対象となる動物がたくさんいると家畜化されにくいことになる。アフリカのサバナ地帯に豊富に生息する草食獣は家畜化されることがなかった。近年になって食糧危機からイランドなどの家畜化が試みられている。有蹄類の家畜化について、考古学的証拠や、遊牧民が農耕民との交換経済を維持していることなどから、農耕民が始めたという農耕起源説が有力であるが、他方で、狩猟民と草食獣の群れとの共生関係から発展したとする狩猟起源説も唱えられる。すなわち、草食獣の一部がヒトに狩猟されるかわりに、肉食獣からの保護をヒトによって与えられるという関係である。狩猟民が雄を選別狩猟することは、雄のと畜や去勢という家畜の人為淘汰(とうた)の技術につながるものであり、また狩猟民が動物の子を生け捕りにして飼ったことも十分に考えられる可能性である。

 ところで、家畜化の始まりを北方ユーラシアに生息するトナカイに求める説が、かつて唱えられた。人尿中に含まれる塩分や保護を求めて近づくトナカイが、狩猟民との共生関係を経て、群れごと家畜化され、これに倣ってウマやほかの動物が家畜化されたとの考え方である。現在この説は考古学的証拠などから否定されており、トナカイ遊牧は、搾乳や騎乗などの技術と同様に、中央アジアの遊牧民の影響によるものとされる。一方、シベリアの諸民族やヨーロッパ北部のフィン人、サーミ人の間でトナカイは、そり引き用、荷駄用、乗用などの役畜として重要であり、また肉、骨、皮なども広く利用されてきた。その繁殖に人為的な干渉の及ぶことは少なく、野生種との交雑はしばしばおこった。そのため形質上、家畜化の影響は少なく、品種分化もみられない。この点、トナカイは半家畜化の状態にあるともいえよう。

 有蹄類の家畜化に関する最古の証拠は、西アジアの新石器時代初期の遺跡から出土するヤギ(またはヒツジ)の骨である。家畜化を行ったのが狩猟民か農耕民かはさだかではないが、イネ科作物の育つ農地に侵入する野生ヤギの捕獲から家畜化が始まったとの説がある。ヤギは草や樹木の葉や若芽を好んで食べる性質があり、定着農耕の初期に飼われて開墾の手助けに用いられたともいわれる。ともかく家畜化されたヤギは、西アジアから東西に広く分布していった。その背景には、ヤギが多様な環境に適応する能力をもち、容易に再野生化するように、粗放な飼養管理に耐えうることがあげられる。また、家畜化の初期の用途と考えられる肉用のほかに、乳や皮、毛の利用などの有用性も、その理由として考えられる。中央アジアから西アジアの乾燥地に分布するカシミヤ種やアンゴラ種は、毛用ヤギの代表的なものである。

 ヒツジもヤギと同じく古くから家畜化され、初期は肉や脂肪が重視されたが、中央アジアで開発された羊毛からフェルトをつくる技術とともに、毛用としての価値が増大した。そしてのちにヨーロッパで羊毛工業と結び付き、イギリスでの近代化、産業革命に多大の貢献をした。ヒツジとヤギはヨーロッパ南部の山間部で移牧飼育されており、中央アジアからアフリカにかけての牧畜民の間では、ほかの家畜とともに遊牧されている。ヤギは各地の農耕民の間でも家養家畜として飼われ、肉や、一部で乳が利用されている。しかしヤギは一般にウシよりも軽視されており、たとえば東アフリカのウシ遊牧民の間では、比較的簡単にと畜され、いけにえや婚資に用いられる。なお古代メソポタミアのアッシリア時代には、ヤギが神聖な意義をもち、神へのいけにえとされた。『旧約聖書』にもヤギがしばしば言及され、ヒツジ、ウシとともに神への犠牲獣として述べられている。

[田村克己]

ウシとブタ

人類の経済史上、より大きな役割を果たしてきた家畜は、ウシとブタであろう。両者とも、約1万年前に家畜化が始まったとされている。いずれも定着農耕民の手によると考えられているが、ウシの家畜化の中心地がアナトリア地方など地中海の北東部と想定されるのに対し、ブタの家畜化の中心地は明らかではない。今日なおブタが放し飼いされ、野生のイノシシとの交雑のみられる東南アジア地域に起源を求める考えもあるが、各地でそれぞれに家畜化されたとの見方も強い。ブタの家畜化の多元説は、動作が遅く移動に適さないブタの性質にもよっている。このためブタは遊牧民の家畜として取り入れられることなく、定着農耕民の間にあって、なれやすく太りやすい性向と雑食性、多産性を利用され、肉、脂肪の食料資源として飼われてきた。南太平洋の島々のブタは、紀元前2000年ごろに原マレー人がもたらしたものであるが、ほかの大形家畜のいないこともあって、大きな価値をもっている。メラネシアでは、供犠(くぎ)に用いられ、貨幣の機能をもち、婚資の支払いなどにあてられる。中国でも、豚肉はもっとも価値の高い肉であり、三牲(せい)の一つとして儀礼に用いられ、東南アジアの一部にはブタを種族の始祖とする神話がある。中東地域においても古くはブタが飼われ、神への犠牲獣にも用いられていた。その後、ブタに対する嫌悪の観念がこの地域を中心に広がり、今日なおイスラム教徒やユダヤ教徒などは、ブタを不浄視して食べない。ヘロドトスは、古代エジプトにおいてもブタが不浄な動物とみなされ、特定の集団によってのみ飼われ、オシリス神にだけ供犠されたことを述べている。ブタの不浄視は、定着農耕民の生活様式を軽蔑(けいべつ)し、移動に不適当なブタをそのシンボルとみて嫌悪する遊牧民の感情に根ざしているといわれる。ヨーロッパにおいて、豚肉が忌避されることはなかったが、中世に悪魔が好んで雌ブタに変身するとの俗信が流布されたように、しばしば嫌悪や軽侮の対象とされてきた。

 ブタに対する低い取扱いに比し、ウシの地位はきわめて高い。ヒンドゥー教徒のウシの肉への忌避は、ウシの神聖視に由来する。ウシは古くから広範に崇拝の対象とされ、イシュタル(バビロニア)、イシス(古代エジプト)、デメテル(古代ギリシア)、ケレス(古代ローマ)、シバ(インド)などの、農業と結び付いた諸神の神聖獣とされ、中国でも人身牛首の農業神、神農氏が伝わる。また、イスラム教圏を中心に分布する、大地を支えるウシの観念など、神話の世界においてもウシの重要性がうかがわれる。ウシの飼育の起源を月神への供犠用に求める説は現在否定されているが、ウシの供犠は、古代オリエント世界やベーダ時代のインド、あるいは中国の殷(いん)代などで行われており、多く豊穣(ほうじょう)の観念に結び付いていた。今日なお東南アジアの農耕民の間で、ウシあるいはスイギュウの供犠の風習が存在し、富や豊穣の呪(じゅ)的促進がその重要な機能とされている。

 以上のようなウシの重要性は、その高い有用性による。ウシは肉、乳や皮などの利用のほかに、前5000年から前4000年ごろに西アジアで発明された犂(すき)と結び付くことで、貴重な役畜として農耕民の間に定着していった。さらに車輪の発明は、ウシを牽引(けんいん)に用いることで、遠距離、大量の物資輸送を可能とした。牧畜民においてもウシは重要な家畜である。搾乳は最初ヤギで行われたがウシにも応用され、多様な乳製品の生産技術が生み出されていった。

 東アフリカのウシ遊牧民では、ウシの自然死や供犠の場合のほかに肉を食べることはないが、乳や血を食用とし、糞(ふん)を燃料や壁土に、尿を洗顔に利用するなど、ウシを生活に不可欠な資源としている。それゆえウシは賠償や婚資に用いられ、その数によって社会的地位が決定され、それをめぐって社会関係の設定や争いがおこるなど、重要な社会的意味をもつ。また、そこにはほかの牧畜民社会と同様に父系血縁集団が存在し、男性の年齢組織が発達している。これらはおそらく家畜の管理が男性の手にあることと関係している。

 アジアの南部にみられるスイギュウは、インダス文明において家畜化され、犂牽(りけん)引用や乗用以外に、一部で肉や乳も利用されている。バリウシ(バンテン)とヤクは、それぞれインドネシアとヒマラヤ高地を中心とする地域で、おもに労役獣として分布する。バリウシは肉が、ヤクは乳が利用される。アッサムからビルマ(ミャンマー)にかけての山地民の間に半野生の状態で飼われるガヤル(ミタン)は、儀礼の供犠用である。

[田村克己]

ウマとラクダ

ウマは、ウシに比べ、飼育に手数がかかり、多量の栄養価の高い飼料を必要とする。このため農耕民の間に役畜として広範に浸透することはなかったが、その力や速さゆえに支配階級の家畜として尊重されてきた。「庶民のウマ」といわれるロバは、前3000年ごろにはエジプトで家畜としてみられ、家畜化の動機は荷駄用にあったとされる。同じころメソポタミア地方では、ウマ属のオナーゲルが家畜化され、おもに車を引くのに用いられていた。オナーゲルはその後ウマに置き換えられ、家畜としては放棄されているが、ロバは今日も輓(ばん)用、荷駄用また乗用の役畜であり、一部で肉や乳も利用される。中国の北部や西アジア、地中海地方では日常生活に重要な役割を果たしている。雄ロバと雌ウマの交配から生まれるラバは、温順で力の強い性質をもち、役畜として有用である。

 ウマの家畜化は、前3000年ごろに南ウクライナの草原地帯の新石器文化におこったとされる。その後ユーラシア大陸の内陸部の草原には、ウマに大きく依存した遊牧民文化が形成されてきた。彼らにあってウマは、乳や肉が貴重な食糧源であるとともに、ウマ自身やほかの家畜の群れの管理・防御のために、あるいは戦争や略奪などに要求される機動力をもたらす乗用獣として、重要な役割を果たしている。それゆえウマは、男子の家畜とされ、社会的身分や富の尺度となり、また天神の供犠に用いられた。ウマのいけにえの風習は、アルタイ系諸族や古代中国のほかに、インド・ヨーロッパ系諸族の間に分布する。ローマ人などは戦神への供犠にウマを用い、古代ペルシアやスキタイでは、王の死にあたって多数のウマを殉葬した。このようなウマの宗教上の意義は、王権や軍事とウマとの実際上のつながりを反映している。古代オリエントの文明世界に入ったウマも、第一義的には軍事や支配に結び付いて用いられた。まず前2000年ごろの戦車を引くウマの出現は、戦争の様相を一変させ、続く騎馬術の発達普及は、それから後の歴史を彩る大規模な征服や政治統合を可能にした。スキタイ、匈奴(きょうど)、モンゴルなどの北方の騎馬民族の隆盛、アレクサンドロス大王の遠征、ローマ帝国の統合、イスラムの拡大、遠くアメリカ大陸におけるスペイン人の征服など、いずれもウマの役割を抜きにして語れない。実際に、20世紀初頭に至るまで、騎兵戦術は歩兵とともに戦争の根幹にあった。こうしたウマのもつ重要性は、肉畜としての利用を妨げた原因の一つと考えられる。中央アジアの遊牧民でも、ウマを殺すのは祭儀などの機会に限られる。またウマの速さは楽しみとしての競技に利用されている。競馬は古代ギリシアにすでにみられるが、ギリシア・ローマ時代にはウマの戦車競走が盛んであった。家畜の競走は、イヌやラクダ、トナカイなどにもあり、また闘牛、闘犬、闘鶏のように家畜が闘技にも利用される。

 ラクダも軍事上有用である。ラクダは十分に速く走ることができ、少量の食物や水だけで乾燥地でも長く耐える能力をもっており、その騎乗は行動範囲の拡大をもたらした。アラビアにおける遊牧民の農耕民に対する優越は、ラクダの軍事力によるともいわれる。ムハンマド(マホメット)の聖遷もラクダの騎乗に負っている。乗用のラクダはヒトコブラクダで、アラビアから北アフリカにかけて分布する。これに対しフタコブラクダは、西アジアから中央アジアにおいて、おもに荷駄用に利用される。それは、砂漠を越えて行く隊商に不可欠の動物として、商業や文化の交流に重要な役割を果たしてきた。ラクダの家畜化について、その起源地や時期、また両種のラクダが別々に家畜化されたかどうかなど、いまだあいまいである。少なくとも前二千年紀の末ごろにはメソポタミア地方で乗用として存在していた。ラクダはまた乳や毛、皮が利用され、糞(ふん)も燃料とされる。肉も一部で食べられるが、宗教上の用途はみられない。南アメリカのアンデス高地にいるラマとアルパカは、それぞれラクダ科のグアナコとビクーナが家畜化されたものともいわれ、主として前者は荷駄用、後者は毛用である。なおゾウも、戦争に利用されることがあり、東南アジアにおいて労役用に使われるが、たいてい野生のものがとらえられ順化されるので、家畜とはいいがたい。

[田村克己]

ハトとニワトリ

ハトは平和の象徴といわれる。キリスト教では聖霊の象徴とされ、中世の僧院では盛んに飼育された。ハトは、その美しい姿や柔和でなれやすい性格のため、古くからヒトと親密な関係をもってきた。古代エジプトでは、家バトの祖先種カワラバトが鳩櫓(きゅうろ)に半野生の状態で飼われていた。古代中近東では、ハトがセミラミス女神の神聖鳥として崇拝されていた。ハトの家畜化は、この地域で少なくとも紀元前に行われたとされる。のちにイスラム教徒もハトを神聖不可侵なものとして非常にたいせつにしてきた。このことの背景には、中近東地方においてハトの糞が肥料などとして重宝がられる点があげられる。中国のハトは遅れて独立に順化されたが、ここでは家バトが食用にされる。ハトを通信用に利用することは古代エジプトの昔から広く行われており、この点で軍事上も重要な役割を果たしてきた。しかし、ハトは今日なお大部分が愛玩用として人々に愛されている。

 ニワトリも、その羽の色や形、また鳴き声が人々に愛され、一部に愛玩用の品種が生み出されている。しかし、ニワトリが家禽(かきん)のなかでもっとも密接に人類の生活にかかわってきたのは、その早熟性、多卵性や雑食性に負う経済的有用性に起因している。その家畜化の起源はおよそ8000年前で、野生種の生息する東南アジアからインドにかけての地域と推測されている。家畜化の動機としては、肉の利用のためより、闘鶏用や夜明けの時を告げる役割が考えられており、また宗教的意義も早くから付与されていた。古代ペルシアのゾロアスター教では光・太陽の象徴として神格化され、古代ローマでは予言の能力があるものとみなされた。ゲルマン人も、鳴き声が夜の悪魔を追い払うものと考え、その肉を食べなかった。現在なおニワトリを神聖視して肉を忌避する風習は、アジアからアフリカにかけ点々とみられるが、その他の地域ではニワトリの肉や卵は重要な食糧資源となっている。

 同じく肉や卵が利用されるガチョウは、すでにエジプト旧王国時代に飼われ、最古の家禽ともいわれる。羽毛も装飾や羽ぶとんなどに用いられる。アヒルも肉や卵が利用されるが、家畜化は比較的新しく各地で行われたらしい。ホロホロチョウもおもに肉用として、すでに古代ギリシア・ローマ時代の家禽であった。肉用禽のシチメンチョウは中米起源の家禽である。

 なおアメリカ大陸起源の家畜にはほかにクイ(テンジクネズミ)があり、古代アンデス地域の人々の間で食用、いけにえ用に飼われた。ウサギはスペインで家畜化されたものであるが、毛、毛皮の利用のほかに、モルモット同様に愛玩用としても飼われている。

[田村克己]

©SHOGAKUKAN Inc.

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