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日本大百科全書(ニッポニカ)

有事法制

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有事法制
ゆうじほうせい

日本が戦争状態になるか、戦争に巻き込まれそうになったときに適用される一連の法律や制度。日本が、外国などから武力攻撃を受けるか、受けそうになり、自衛隊が「防衛出動」する事態に至ったときに適用される法律や条約と、そこに定められた、自衛隊や自衛隊を支援するアメリカ軍などを活動しやすくするような諸制度。「戦時立法」あるいは「戦時法制」ともよばれる。「有事」という用語については、法律上、明確な定義がなされていない。「有事」の定義について防衛省は、「一般的には」と断ったうえで「自衛隊法第76条の規定により『防衛出動』が命じられるような事態」としている。「戦時」と同義語と理解してよい。「有事」ということばは、国会審議における議事録には頻繁に登場するが、自衛隊法をはじめ、いわゆる「有事法制」に関連する十数本の法律や条約などの条文中には一度も出てこない。

[山本一寛]2025年6月17日

有事法制制定に関する議論

「有事法制」については、第二次世界大戦後、長い間、そもそもこうした法制度自体が必要なのか不要なのかも含め、下記のようなさまざまな主張がなされてきた。

①「有事法制」が存在すること自体が、日本をふたたび戦争ができる国に変えてしまうという主張。

②世界の多くの国々が戦争になったときに備えた法制度を整えており、国として「有事法制」を準備しておくのは常識である。有事に備える体制が整っていない日本は「普通の国」ではないという主張。

③「有事法制」を戦争ができる国になるべきではないという倫理的・道義的問題としてとらえるのではなく、また、「有事法制」はあるのが当たり前と無批判にとらえるのでもなく、日本が紛争や戦争に巻き込まれたとき、法律の定めに従って合法的に対応できるよう備えておくべきという法治主義からの主張。

 日本が武力攻撃を受けるような事態が発生した場合、自衛のため自衛隊は武力を行使して攻撃を排除せざるをえない。しかし「有事法制」が存在しない状況下では、自衛隊が防衛陣地などを構築するために、あらかじめ土地や建物などを使用する行為は、所有権を侵害する違法行為となる。その結果、侵略や武力攻撃を排除するという自衛権を行使する正当な行為であっても違法とされることになってしまう。こうした問題が存在すること自体は多くの人に共通して認識されていた。しかし、国民世論の動向、各政党・政治団体などのさまざまな政治的思惑、そして上級幹部自衛官であった統合幕僚会議議長が公然と政府の防衛政策批判を行ったこと(詳細後述)などにより「有事法制」制定の議論は遅々として進まなかった。

[山本一寛]2025年6月17日

三矢(みつや)研究――有事法制の原型

第二次世界大戦以前の日本には、兵役法や国家総動員法に代表されるさまざまな戦争遂行のための法律があったが、敗戦に伴い廃止された。そのため、戦後の日本には、長い間、戦争に備える法制度が存在しなかった。1960年代には、防衛庁(防衛省の前身。2007年に防衛庁から防衛省に昇格)と自衛隊において、戦前の戦時立法にかわる新たな法制度の研究が行われていたが、こうした事実が公にされることはなかった。当時は、依然として国民の間で、戦前の軍部独裁や国家総動員体制の記憶が生々しく、「戦争」を思い出させるものに対する拒否感も強くて、「戦争への準備」を感じさせるものを国民の前に提起することなど考えられない時期であった。しかし、1965年(昭和40)、「三矢研究(昭和38年度統合防衛図上研究)」と称する防衛庁と自衛隊内部で行われていた有事法制の研究内容が、突然、国会において暴露された。この研究は、そのころ、防衛庁および自衛隊がもっとも危惧(きぐ)していた「第二次朝鮮戦争」を想定して秘密裏に行われた大規模な図上演習である。「三矢研究」が行われた当時の上級幹部自衛官は、そのほとんどが旧陸海軍の士官出身者たちで占められており、その発想には戦前の国家総動員体制の感覚が色濃く残っていた。また、経済統制、言論統制など、戦前の国家総動員法の内容を、ほぼ、そのまま引き写した法律案を想定していた。甚だしくは、そうした法律を最大87本、臨時国会に提出し、2週間の短期間で委員会での審議を行わず、いきなり本会議で一気に成立させることまで企図していた。国会の召集や審議手続きまでも自衛官(軍人)が想定するなど、戦前・戦中の軍部独裁を彷彿(ほうふつ)とさせるものであった。当時の内閣総理大臣佐藤栄作は、こうした研究が行われていることを知らず、「三矢研究」は文民統制から完全に逸脱していた。そのため、「三矢研究」は、国会で厳しい批判と追及を受けただけでなく、国民世論を騒然とさせた。第二次世界大戦後、初めて国民が目にすることとなった「有事法制」が与えた影響は大きく、これ以降、防衛庁や自衛隊が「有事法制」に言及することは、表向きタブーとなった。

[山本一寛]2025年6月17日

有事法制の研究開始

1977年(昭和52)7月、「三矢研究」の発覚から十数年を経て、内閣総理大臣福田赳夫(たけお)の了解のもと、防衛庁長官の指示により、防衛庁と自衛隊において、正式に「有事法制」の研究が開始された。内閣総理大臣と防衛庁長官の統制のもと(文民統制下において)、①当時、自衛隊法に定められていた「防衛出動」や、「防衛出動待機命令」など、すでに法律で定められている規定ではカバーしきれない、さまざまな法制上の不備や問題点を研究する、②有事法制の研究は法案化を目的としない、③奇襲対処の問題は別途検討する、④戒厳令、徴兵制、言論統制は対象としない、との条件がつけられた。しかし、この有事法制の研究が開始されたという事実は、翌年まで公表されなかった。研究の結果は、1981年と1984年の2回に分けて中間報告の形で国会に対し報告された。1981年の報告では、「第一分類」として当時の防衛庁が所管する法令について、有事の際の物資の収用、土地の使用、武器等の防護などについて問題点の指摘が行われた。1984年の報告では、「第二分類」として防衛庁以外の他省庁が所管する法令のなかで、道路、港湾、空港の利用に関し有事にも手続き上、他省庁の許可が必要な事例、火薬類の輸送や野戦病院の設置に関する厳しい規制などが指摘された。このほかに「第三分類」として国民保護など「所管官庁が明確でない事項」についても研究が行われたようであるが、公表はされなかった。

 防衛庁と自衛隊において「有事法制」の研究が進む一方、この時期、日本政府は、「有事法制」に懐疑的な国民世論を背景に、「高度の政治的判断にかかわるもの」として法制化には消極的であった。こうした政府の後ろ向きの姿勢に対し、幹部自衛官のトップである統合幕僚会議議長(現在の統合幕僚長に相当)が、公然と政府を批判する事態が続いた。1978年には、当時統合幕僚会議議長であった栗栖弘臣(くりすひろおみ)(1920―2004)が、「わが国が奇襲攻撃を受けた場合には、自衛隊として第一線の指揮官の判断で『超法規的』に行動しなければならないだろう」と発言し「有事法制」の整備を迫った。1981年には、統合幕僚会議議長であった竹田五郎(たけだごろう)(1921―2020)が、防衛費をGNPの1%以内に制限する政策、および、徴兵制を違憲としていた政府の姿勢を一般の週刊誌誌上で批判した。両統合幕僚会議議長の行為は、文民統制を逸脱するものとして、ともに事実上更迭された。幹部自衛官のトップとして自衛隊を預かる彼らにとって、一日も早く、諸外国と同様の「有事法制」を整備することは長年の悲願であったといえる。有事に備えた法制度の整備が十分になされていないという自衛隊上級幹部たちの不満は、地下のマグマのように蓄積されていたが、こののち、20年近くの間、政府が「有事法制」の制定に着手することはなかった。しかし、政府内部では、引き続き検討が行われており、ふたたび、「有事法制」制定へ向けての動きが表面化するのは、1990年代なかばになってからである。

[山本一寛]2025年6月17日

日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の見直しと周辺事態法制定

1996年(平成8)4月、冷戦後の日米同盟を「再定義」するための日米首脳会談が東京で行われ、内閣総理大臣橋本龍太郎(りゅうたろう)と大統領クリントンの両国首脳は「日米安全保障共同宣言――21世紀に向けての同盟」を発表した。この宣言のなかで、1978年に締結された「日米防衛協力のための指針」(以下「78ガイドライン」)を見直すことが明記された。見直し作業は翌年にかけて行われたが、作業の開始と中間報告について公表された文書中において、政府内部で「緊急事態対応策の検討」を行っていることが明らかになった。新「ガイドライン」(以下、「97ガイドライン」)は、1997年9月に発表されたが、注目すべき点として、「78ガイドライン」の「極東」にかわって、日本の「周辺」という新しい概念が導入され、新たな「有事」が定義されたことがあげられる。「97ガイドライン」には、「日本『周辺』地域における事態で日本の平和と安全に重要な影響を与える場合を『周辺事態』と定義し、日米の協力が明記された。この「周辺事態」について政府は、「地理的概念ではなく、事態の性質に着目した概念」であるとしており、世界のどの地域までが対象範囲になるのかについては、いっさい、具体的に説明しなかった。「78ガイドライン」の「極東」が「97ガイドライン」において「周辺」へと変更されたことにより、世界的規模でアメリカ軍の活動を自衛隊が支援することが可能となり、将来的な集団的自衛権の行使に道が開かれたといえる。この「周辺事態」における日米協力の「実効性の確保」のために、「周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」(「周辺事態法」あるいは「周辺事態安全確保法」、以下、「周辺事態法」)が1998年4月に国会に提出され、翌1999年5月24日に成立、同年8月25日に施行された。「周辺事態法」の成立によって、「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃にいたるおそれのある(周辺)事態」が発生し、アメリカ軍が「戦闘行為」を行う場合、日本は、アメリカ軍に対して「物品及び役務の提供」や捜索救難活動といった後方支援を行うことができるようになった。たとえば、アメリカ軍が北朝鮮の核施設・弾道ミサイル基地などを攻撃し両者が交戦する事態になった場合には、自衛隊や、主要な空港や港湾、道路を管理する国土交通省などの日本政府の各省庁、地方の空港や港湾、道路を管理する都道府県などの自治体、アメリカ軍の航空機や艦船の修理などを行う民間企業などは、アメリカ軍に対して、燃料や物資の補給、輸送、航空機・艦船・車両などの修理や整備、負傷兵の治療、撃墜され脱出したパイロットの捜索救難などの後方支援を行うことが可能となった。一般的に、「周辺事態法」については、自衛隊が現に戦闘行為を行っている「防衛出動」下に適用される法律ではなく、戦闘行為を行っているアメリカ軍への後方支援を定めた法律であるため、日米安全保障条約に関する法律であり「有事法制」には含まれないとされている。しかし、①現に戦闘行為を行っている軍隊に対する後方支援は、通常、戦闘行為と一体のものとみなされること、②アメリカ軍への後方支援を行っている自衛隊部隊は、正当防衛、緊急避難に該当する場合には、武器の使用が認められていること、これらの点から「周辺事態法」は、最初に成立した「有事法制」であるとの主張もある。いずれにせよ、この法律が、2003年(平成15)以降、国会で審議され続々と成立していった多くの「有事法制」関連法律の最初のステップとなった。なお、この法律は、のちに、「重要影響事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」(「重要影響事態法」あるいは「重要影響事態安全確保法」)に発展的に改正されることとなる。

[山本一寛]2025年6月17日

有事の基本法となる武力攻撃事態法の成立

2000年12月には、防衛庁において「部隊行動基準の作成等に関する訓令」が定められた。「部隊行動基準」とは、一般的に「交戦規則」(ROE:Rules of Engagement)とよばれるもので、自衛隊の部隊が、どのような条件が整えば武器の使用が可能になるのかを具体的に定めることが可能となった。「周辺事態法」が成立して5か月後の1999年10月には、与党を中心として、「有事法制」として研究が行われてきた事項中、「第一分類、第二分類のうち早急に整備するものとして合意が得られる事項について立法化を図る」こと、「当面、立法化の対象とならない事項及び第三分類についても、今後、所要の法整備を行うことを前提に検討を進める」ことが合意された。しかし、日本政府は、なお慎重であり、こののち2年間、具体的な動きがなかった。状況を一変させたのは、2001年9月11日に発生した「アメリカ同時多発テロ」であった。この事件により、国際テロ組織による攻撃が他国からの攻撃に匹敵する被害を生むことが認識された。日本は、このころ危惧されていた北朝鮮による弾道ミサイルや核兵器、不審船などの脅威に加え、軍事的抑止力が効かず攻撃の予兆をつかむのも困難なテロ組織からの攻撃にもさらされているとの危機感が高まった。

 2002年2月、当時の内閣総理大臣小泉純一郎は、第154回通常国会における施政方針演説で、「国民の安全を確保し、有事に強い国づくりを進めるため、与党とも緊密に連携しつつ、有事への対応に関する法律について、取りまとめを急ぎ、関連法案を今国会に提出します」と述べ、4月に「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」(以下、「武力攻撃事態法」。「事態対処法」ともよばれる」)および関連する2法案を含めて「武力攻撃事態関連3法」(「有事関連3法」ともよばれる)を国会に提出した。法案は継続審査ののち翌2003年6月、与野党の賛成により成立した。「武力攻撃事態法」は、日本に対する「武力攻撃が発生した事態」、または「武力攻撃が発生する明白な危険が切迫している」(この二つを「武力攻撃事態」とよぶ)場合、あるいは「事態が緊迫し、武力攻撃が予測される」(「武力攻撃予想事態」とよぶ)状況に至った場合(「武力攻撃事態」と「武力攻撃予想事態」をあわせ包括的に「武力攻撃事態等」とよぶ場合もある)、どのように対処するのかを定めるいわば「有事の基本法」となる法律である。

 まず、「武力攻撃」については、「我が国に対する外部からの武力攻撃」と定め、「他国からの」といった国家に限定した定義になっておらず、国際テロ組織や武装不審船などからの攻撃も想定している。次に武力攻撃事態に対処するため主要な役割を担う主体として、自衛隊を含む政府の省庁の責務を規定している。政府は「我が国を防衛し、国土並びに国民の生命、身体及び財産を保護する固有の使命を有することから」、「組織及び機能のすべてを挙げて、武力攻撃事態等に対処するとともに、国全体として万全の措置が講じられるようにする責務を有する」と定めている。また、都道府県・市町村といった自治体についても、それぞれの住民に対して「住民の生命、身体及び財産を保護する使命を有することにかんがみ、国及び他の地方公共団体その他の機関と相互に協力し、武力攻撃事態等への対処に関し、必要な措置を実施する責務を有する」と定めている。

 「武力攻撃事態法」は、政府機関のみならず、公益的事業を運営している一部の民間企業なども含めて「指定公共機関」に指定し、有事の際には「その業務について、必要な措置を実施する責務を有する」としている。こうした機関には、独立行政法人、北海道から沖縄までの電力会社、発電会社、ガス事業会社、日本赤十字社、日本銀行、日本郵便、全国の高速道路運営会社、国際空港会社、主要なテレビ局・ラジオ局、海運会社、航空会社、主要なバス会社、鉄道会社、トラック事業会社、NTTや携帯通信を運営している電気通信事業者などが指定されている。このように「指定公共機関」には、有事の際、国民生活の安定に欠かせない主要な「インフラ」が網羅されている。同時にこれらの「インフラ」は、自衛隊やアメリカ軍の活動、移動や展開にも欠かせない存在である。政府の省庁、自治体、指定公共機関には「責務」を定める一方、国民に対しては、「必要な協力をするよう努めるものとする」にとどめている。

 また、「武力攻撃事態法」は、その成立の翌年以降、国会に提出・可決された多くの有事関連法すべてに適用される重要な基本原則を「武力攻撃事態等への対処に関する基本理念」として定めている。政府の省庁、自治体、「指定公共機関」には、「国民の協力を得つつ、相互に連携協力し、万全の措置」を講ずることを求めている。武力攻撃を排除するために武力を行使する場合は「合理的に必要と判断される限度」に止めなければならないとしている。武力攻撃への対処状況については、「適時に、かつ、適切な方法で国民に明らかにされるようにしなければならない」と情報の公開も定めている。また、武力攻撃へ対処するに際しては、「日本国憲法の保障する国民の自由と権利が尊重」されなければならず、その制限がやむをえない場合も、「必要最小限のものに限られ、かつ、公正かつ適正な手続きの下に行われなければならない」とし、日本国憲法が定める「基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない」と規定している。武力攻撃を受けた場合の具体的な対処方法については、厳格な文民統制の下で手続きが行われるように定められている。

 武力攻撃事態、武力攻撃予測事態に至ったと判断された場合には、対処に関する基本的な方針を定めた「対処基本方針」が、内閣総理大臣によって作成される。作成された「対処基本方針」は、閣議の決定を経て国会の承認が求められる。国会による承認を必要とすることによって、自衛隊が防衛出動し武力を行使する事態に至った場合も、文民である内閣総理大臣や防衛大臣に加え、国会による厳格な文民統制を確保している。

 「武力攻撃事態法」は、武力攻撃に対処するための基本理念、方針の決定や手続きを定めるとともに、必要な個別の法律の整備を促していた。「武力攻撃事態法」は、のちに2015年9月、「武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(事態対処法)」へ改正された。「武力攻撃事態法」とともに「安全保障会議設置法の一部を改正する法律」「自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律」も同時に提出され、可決された。「安全保障会議設置法」を改正し、「武力攻撃事態法」の成立と整合性が取れるよう、「武力攻撃事態」および「武力攻撃予測事態」に対する「対処基本方針」の審議などを加えるとともに、官房長官を長とする「事態対処専門委員会」が創設された。安全保障会議のメンバーには、国民保護を現場で担当する自治体との関係で総務大臣が、さまざまな物資の調達・供給などの関係で経済産業大臣が、自衛隊、アメリカ軍、国民の避難移動などの関係で空港・港湾・道路・鉄道などを管轄する国土交通大臣が、新たに加えられた。

 自衛隊法の改正では、「武力攻撃事態法」の制定にあわせて「武力攻撃事態」に関係する規定が設けられたほか、防衛出動時の土地や家屋の使用、物資の使用・保管・収用、医療・土木建築・輸送の業務に携わる者に対する従事命令などについて、具体的な手続きと損失に対する補償が定められた。また、「有事法制」不備の事例として指摘されることの多かった、自衛隊に防衛出動命令が発せられる前の防御陣地などの構築については、新たに「防衛施設構築の措置」の条項が設けられ法的根拠が与えられた。

[山本一寛]2025年6月17日

有事関連7法の成立

「有事の基本法」となる「武力攻撃事態法」が成立したことを受け、翌2004年3月、「有事法制」の個別法となる「有事関連7法」(「事態対処法制関連7法」ともよばれる)と関連する3条約が国会に提出され、6月に成立・承認された。「有事関連7法」とは、以下の七つの法律をいう。

①「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律(国民保護法)」。武力攻撃などが発生した場合も「国民の生命、身体及び財産を保護し、並びに武力攻撃の国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにすること」を目的としている。

②「武力攻撃事態等におけるアメリカ合衆国の軍隊の行動に伴い我が国が実施する措置に関する法律(米軍行動関連措置法)」。日米安全保障条約に従って、日本に対する武力攻撃を排除するためのアメリカ軍の行動が、円滑・効果的に実施されるようにすることを目的としている。

③「武力攻撃事態等における特定公共施設等の利用に関する法律(特定公共施設利用法)」。自衛隊やアメリカ軍が、港湾、飛行場、道路、海域、空域および電波を円滑に使用できるよう調整することを目的としている。

④「国際人道法の重大な違反行為の処罰に関する法律(国際人道法違反処罰法)」。国際人道法を的確に実施するため、捕虜、傷病捕虜、文民に対し非人道的な行為、いわゆる戦争犯罪を行った者は国籍にかかわらず処罰することを定めた法律。

⑤「武力攻撃事態における外国軍用品等の海上輸送の規制に関する法律(海上輸送規制法)」。交戦状態となっている敵国に対する兵器・軍事物資などの海上輸送を停止させ検査(臨検)し、拿捕(だほ)・回航する手続きを定めた法律。

⑥「武力攻撃事態における捕虜等の取扱いに関する法律(捕虜取扱い法)」。「武力攻撃事態」となり、日本の捕虜となった兵士などをジュネーブ条約等に従って人道的に取り扱うことを定めている。

⑦「自衛隊法の一部を改正する法律」。「日米物品役務相互提供協定」(ACSA(アクサ))が改訂され、災害派遣、周辺事態対処など適用範囲が拡大されたことに伴い、対応する自衛隊法の条項が改正された。

 また、下記の3条約も国会に提出され承認を受けた。

①適用範囲を拡大させた「日米物品役務相互提供協定」(ACSA)の改正案。

②「1949年8月12日のジュネーブ諸条約の国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(議定書Ⅰ)」(略称、ジュネーブ諸条約第一追加議定書)。

③「1949年8月12日のジュネーブ諸条約の非国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(議定書Ⅱ)」(略称、ジュネーブ諸条約第二追加議定書)。

 2003年6月の「武力攻撃事態法」、2004年6月の「有事関連7法」の成立によって、日本の「有事法制」は、一応、その形を整えた。武力攻撃を排除するための準備行動やあらゆる自衛隊の行動が、法的根拠をもつ適法なものとなった。第二次世界大戦以後、長い間にわたる「法の空白」は埋められた。

[山本一寛]2025年6月17日

有事法制の議論と時代背景

第二次世界大戦後、日本の「有事法制」制定への歩みは、それぞれの時代の国際政治を色濃く反映している。第二次世界大戦後、日本は、日本国憲法において二度と戦争はしないと決意し、万が一、戦争に巻き込まれるようなことがあっても、アメリカ軍が日本を守ってくれると多くの日本人は考えていた。しかし、1950年(昭和25)6月に始まった朝鮮戦争が、そうした状況を一変させた。冷戦を象徴するような、アメリカ対ソ連・中国の政治体制の正統性を争うかのような全面戦争が、隣国で始まったのである。日本に駐留していた占領軍であるアメリカ軍の多くが、朝鮮半島に移動し、戦闘状態に入った。突然、日本国内を守る軍隊がいなくなり、空白状態となった。このとき、アメリカ占領当局から創設を命じられた「警察予備隊」は、紛れもなく新しい「日本軍」であった。このように、1950年代から1960年代の「冷戦初期」、当時の防衛庁・自衛隊が「有事」として想定していたのは、朝鮮半島や台湾海峡における戦争に日本が巻き込まれる事態であった。「三矢研究」は、そうした時代背景の下、「第二次朝鮮戦争」を想定して行われた。

 1970年代に入ると、冷戦は「デタント」(緊張緩和)の時代を迎えた。ベトナム戦争は終結し、実際に砲火を交えるような「熱い(ホットな)戦争」はなく、にらみあいの文字通り「冷たい戦争」が続いた。奇妙な安定の時代であり、防衛庁・自衛隊においても、差し迫った「有事」がみえなくなった。その結果、防衛力の整備計画も、具体的な脅威や紛争を想定したメリハリのある「所用防衛力」の整備から、平時に一通りの機能を平たく整備する「基盤的防衛力」の整備へと方針が変更された。「有事法制」の研究も「三矢研究」のような具体的・切迫した脅威を想定したものから、一般的に有事において必要とされながらも、まだ、法的整備がなされていないものを調査・研究するという方法がとられた。1977年から1984年にかけて行われた「有事法制の研究」は、こうしたやり方で行われた。こののち、冷戦の終結を挟んで10年以上の間、「有事法制」が政治的課題になることはなかった。

 しかし、1990年代中ころ以降、北朝鮮による弾頭ミサイル開発や、核兵器開発、武装不審船事案が、徐々に切迫した脅威と認識されるようになった。2001年(平成13)9月11日、「アメリカ同時多発テロ」が発生すると、日本も国際テロ組織から奇襲攻撃を受ける可能性を想定せざるをえなくなり、その被害は他国からの戦争行為に匹敵する場合があることも認識された。過激な国際テロ組織からの攻撃は、国家が他国へ戦争をしかけるよりも実行する「しきい」が低いことも懸念された。こうしたなか、2003年6月、「有事の基本法」となる「武力攻撃事態法」が成立した。

 日本における「有事法制」の制定過程は、一見、合理的に整然と行われてきたようにみえるが、その背後には、「主導権争い」をする多くの上級幹部自衛官の姿もあった。「有事法制」の制定や「防衛力整備計画」の策定を行うに際しては、まず、どのような「有事」を設定するかが出発点となる。自衛隊内部でこうした検討を行う際、陸上、海上、航空の3自衛隊は、それぞれ、自らが主役となる脅威や「有事」の状況を強調する傾向にあった。それは、冷戦時代に顕著であり、ソ連を相手とした有事の想定においても、陸海空自衛隊はそれぞれ、「異なった脅威」に対処しようとしていた。陸上自衛隊には、現代の陸軍の花形、一流の陸軍の象徴である戦車・装甲車を中心とした機械化部隊が必要とされ、かつ、活躍が期待できる広い地積を有する北海道での有事を強調する傾向があった。1980年代に喧伝(けんでん)された、いわゆる「北方脅威論」である。一方、海上自衛隊は、第二次世界大戦の敗北は、アメリカ軍の潜水艦により多くの船舶が沈められ、石油をはじめとした資源の輸入が絶たれたことが最大の原因であり、貿易立国である日本にとっては、「シーレーン」(海上交通路)を脅かすソ連の潜水艦部隊こそが最大の脅威であり、対潜水艦戦がもっとも重要と主張する傾向があった。これに対し、航空自衛隊は、現代の戦争は航空優勢(制空権)を失った側が戦争に敗北するとして、「日本本土防空」一辺倒という傾向があった。ある意味、同床異夢であり、1970~1980年代には、このように陸海空自衛隊のさまざまな「政治的」思惑が衝突する場合が多くあった。こうしたなかで成立した「有事法制」も、ある意味、妥協の産物という一面もある。

[山本一寛]2025年6月17日

©SHOGAKUKAN Inc.

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