正式名称は「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」。平成13年法律第31号。DV(ディーブイ)防止法ともよばれる(DV:ドメスティック・バイオレンスdomestic violence)。夫婦間(事実婚を含む)の暴力の防止と被害者保護のため、2001年(平成13)4月制定、同年10月13日(一部は2002年4月1日)から施行された。その後、立法上の問題点を克服するために、2004年、2007年、2013年、2019年(令和1)、2023年に改正されている(制定当初の名称は「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」。2013年の改正時に「保護」を「保護等」とした現在の名称に変更された)。
DV防止法は被害者の性別を問わないが、歴史的・国際的には、DVは「女性に対する暴力」ととらえられている。とくに近代になって、公的領域(政治、職場等)と私的領域(家庭)は区別され、国家は「親密圏」である家庭には介入しないものとされた。そのため、家庭内で夫が妻に暴力を振るうことは容認され、放任されていた。1960年代以降に欧米で展開された第二波フェミニズムは、公私二分論を批判し、DVを含めて、女性に対する暴力を社会問題化した。国際連合(国連)は、1993年に女性に対する暴力の撤廃に関する宣言を採択し、1995年の第4回世界女性会議で採択された北京(ペキン)行動綱領では、各国政府に対して、女性に対する暴力廃絶のため、法律を制定することなどを求めた。2001年の日本のDV防止法制定には、このような国連の動きが背景にあったが、市民運動も大きな力となった。DV防止法は、超党派の女性議員を中心とした議員立法として制定された。
DV防止法は、「配偶者からの暴力」を、「配偶者からの身体に対する暴力(身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすものをいう)又はこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」と定義する(1条)。制定当初は、殴る、蹴(け)るなどの身体的暴力に限定されていたが、2004年改正により、「身体的暴力に準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」も含むこととされ、心ない言動によって相手の心を傷つける精神的暴力や、嫌がっているのに性的行為を強要するなどの性的暴力も含むようになった。なお「配偶者」には、元配偶者、事実婚の関係にある相手、元事実婚の関係にあった相手も含めている(1条1項・3項)。事実婚は、「婚姻意思」「共同生活」「届出」のうち、「届出」を欠くものと理解されている。「共同生活」をしていても、「届出」に加えて「婚姻意思」も欠く場合には、従来のDV防止法では適用対象とならなかった。そこで、2013年の法改正で、「生活の本拠を共にする交際をする関係にある相手からの暴力及び当該暴力を受けた者」についても、DV防止法が準用されることになった(28条の2)。したがって、DV防止法の「配偶者」には、①法律婚の相手方、元法律婚の相手方、②事実婚の相手方、元事実婚の相手方、③生活の本拠をともにする交際相手、元生活の本拠をともにしていた交際相手を含むこととなった。
なお、元配偶者からの暴力については、離婚前に身体に対する暴力またはこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動を受けていて、離婚後も同様の暴力等を引き続き受けている場合はDV防止法の対象となる。したがって、離婚前には暴力等を受けておらず、離婚後になって初めて元配偶者から暴力等を受けた場合は、この法律の対象とはならない。元事実婚の関係にあった相手や、元生活の本拠をともにしていた交際相手についても同様である。
DV防止法は、被害者保護のために、保護命令制度を設けている(10条~22条)。保護命令制度は、被害者(配偶者からの暴力を受けた者)からの申立てにより、裁判所(地方裁判所)が、相手配偶者に対して一定の行為を禁止する命令を発令する制度である。2023年の法改正までは、身体的暴力に対してのみを対象としていたが、現在は精神的暴力も対象となっている。
保護命令には、次の6種類がある。①被害者への接近禁止命令。すなわち配偶者に対し、1年間、被害者につきまとったり、住居(退去等命令の対象となる住居などを除く)、勤務先など被害者が通常いる場所の近くを徘徊(はいかい)したりすることを禁止するもの、②被害者への電話等禁止命令、③被害者と同居する未成年の子への接近禁止命令、④被害者と同居する未成年の子への電話等禁止命令、⑤被害者の親族等への接近禁止命令(以上は「接近禁止命令等」)、⑥退去等命令。すなわち配偶者に対し、2か月間(被害者の申立てがあったときは6か月間)、被害者とともに生活の本拠としている住所からの退去および住居付近の徘徊の禁止を命ずるもの。
このうち、②から⑤の命令は、①の被害者への接近禁止命令の要件を満たすことを要件とし、被害者への接近禁止命令が発令されている間に限られる。配偶者である相手方が保護命令に違反すると、2年以下の拘禁刑または200万円以下の罰金に処せられる(29条)。
接近禁止命令等の申立てをすることができる被害者は、①配偶者からの身体に対する暴力を受けた者、②生命または身体に対する加害の告知による脅迫を受けた者、③自由、名誉または財産に対する加害の告知による脅迫を受けた者である。
このうち、③は2023年改正により加わったものであり、これにより重篤な精神的被害を受けた被害者も接近禁止命令等の申立てができるようになった。「自由に対する脅迫」とは、たとえば身体・行動の自由への脅迫として、部屋に閉じ込め、外出しようとするとどなる行為などである。「名誉に対する脅迫」とは、たとえば、性的な画像を広く流布させると告げる行為などである。「財産に対する脅迫」とは、たとえば、キャッシュカードや通帳を取り上げると告げる行為などである。
接近禁止命令等の申立て要件は、被害者が、配偶者からのさらなる身体に対する暴力または生命、身体、自由、名誉もしくは財産に対し害を加える旨を告知してする脅迫により、その生命または心身に重大な危害を受けるおそれが大きいときである(10条)。「重大な危害」とは、少なくとも通院加療を要する程度の危害をいうと解されている。なお、2023年改正により、重大な危害を受けるおそれを生じさせる加害者の未来の行為に「脅迫」がつけ加わった。
退去等命令は、配偶者からの身体に対する暴力または生命もしくは身体に対し害を加える旨を告知してする脅迫を受けた被害者が、配偶者からさらに身体に対する暴力を受けることにより、その生命または身体に重大な危害を受けるおそれが大きいときに、裁判所が被害者の申立てにより発する(10条の2)。
なお、男性の被害者も保護命令制度を利用することができる。また、同性カップル間の暴力についても、保護命令の対象となった例がある。
DV防止法は、都道府県に対して、女性相談支援センターなどの施設において、「配偶者暴力相談支援センター」としての機能を果たすことを義務づけている(3条~5条)。実際には、女性支援法(正式名称は「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」)が都道府県に設置を義務づけている女性相談支援センター(旧、婦人相談所)などが、配偶者暴力相談支援センター機能をあわせもち、DV被害者保護の中心的役割を果たしている(市町村も、設置する適切な施設においてセンター機能を果たすことができる)。センターは、相談や相談機関の紹介、カウンセリング、被害者および同伴者の緊急時における安全の確保および一時保護、自立して生活することを促進するための情報提供その他の援助、保護命令制度利用についての情報提供その他の援助を行う。一時保護は、女性相談支援センターが自ら行うか、センターから一定の基準を満たす者に委託して行う。
DV防止法は、何度かの改正によって充実してきているが、次のような課題がある。①被害者が保護命令を受けるためには、原則口頭弁論や審尋が行われなければならないが、被害者に危険があり緊急の対応が必要なときに一方当事者の申立てに基づいて迅速に発令される緊急保護命令が制度化されていないこと、②保護命令は、被害者保護を目的としているので、被害者は別途加害者に婚姻費用(生活費)や養育費を請求しなければならず、総合的な被害者救済ができるような仕組みがないこと、③加害者更生のための取組みが制度化されていないこと、④同居には至っていないデートDVに対する取組みがなされていないこと、⑤男性被害者に対する相談や支援体制が不十分であること、などである。