すべての子どもの権利の擁護が図られ、子どもが将来にわたって幸福な生活を送ることができる社会の実現を目ざして、「こども施策」に関して基本理念を定め、国の責務を明らかにし、こども施策を推進するための基本法。令和4年法律第77号。2022年(令和4)4月に、自由民主党と公明党により衆議院に議案が提出された議員立法である。同年6月に参議院において可決・成立し、翌2023年4月に施行された。
こども基本法は、国や地方公共団体がこども施策に関して、子どもを権利の主体として扱う、という法律である。
「こども」とは、「心身の発達の過程にある者」(2条1項)とされ、年齢規定は置かれていない。
また、「こども施策」とは、「こどもの健やかな成長に対する支援」「就労、結婚、妊娠、出産、育児等の各段階に応じて行われる支援」「家庭における養育環境その他のこどもの養育環境の整備」と、「これと一体的に講ずべき施策」と定義されている(2条2項)。すなわち、こども施策とは、子どもの成長や子育てに関する政策だけでなく「一体的に講ずべき施策」と規定されたことで、教育政策や、それ以外にも、子どもに関するあらゆる政策を含むということになる。
こども基本法は全3章(1~20条)からなる(2025年7月時点)。以下に、その構成と内容について述べる。
第1章「総則」(1~8条)の第1条には、こども基本法の目的が規定されている。こども基本法は日本国憲法および児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)の精神にのっとり、すべての子どもが「自立した個人としてひとしく健やかに成長することができ」「権利の擁護が図られ、将来にわたって幸福な生活を送ることができる」社会の実現を目ざして、「こども施策を総合的に推進することを目的とする」と定めている。
第2条には、前述の通り、「こども」および「こども施策」の定義が明記されている。
第3条には6項にわたって基本理念が示されている。とくに第1項から第4項は、子どもの権利の諸規定が盛り込まれた重要な条文である。
第3条第1項では、「全(すべ)てのこどもについて、個人として尊重され、その基本的人権が保障されるとともに、差別的取扱いを受けることがないようにすること」と定めている。これは、締約国による子どもの権利の尊重と子どもへの差別の禁止の措置を定めた子どもの権利条約の第2条に対応した条文となっている。
第3条第2項では、生きる権利、育つ権利、守られる権利、福祉を受ける権利、教育を受ける権利等の子どもの権利条約にも規定される諸権利が、すべての子どもに保障されることを、こども施策の基本理念として明記している。すべての子どもが愛される権利を保障されると明記している点が、子どもの権利条約と比較した場合のこども基本法の独自性である。これには、親や家族に愛されない子どもであっても、愛される権利を国が保障していくという立法者の意思が反映されている。
第3条第3項には、「全てのこどもについて、その年齢及び発達の程度に応じて、自己に直接関係する全ての事項に関して意見を表明する機会及び多様な社会的活動に参画する機会が確保されること」が規定されている。
第3条第4項では、「全てのこどもについて、その年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮されること」と定める。子どもの権利条約の第3条「児童の最善の利益が主として考慮される」の規定がここに置かれた。
子どもの権利条約の第12条には、子どもの意見の表明だけでなく、締約国により、司法上・行政上の手続において、子どもの意見が尊重される機会の保障も明記されている。こども基本法の第3条第3項および第4項の規定は、すべての子どもが「自己に直接関係する全ての事項」に関し、意見を表明し、参画する権利と意見が尊重される権利を積極的に保障しようとする規定である。単に、子どもを意見表明の主体とするだけでなく、社会に参画する権利をもつ主体と位置づけ、ともに社会をつくる存在として子どもを位置づけている点は重要である。また、子どもの意見表明権は、子どもに意見を聞くだけでなく、大人がその意見を尊重することとあわせて実現されることが重要である。こうすることで、子どもの意見や参画の権利が形式的な実現にとどまらず、実際に子ども自身の生活や社会をよりよくすることにつながるといえよう。
第3条第5項では、やはり子どもの権利条約にのっとり、国が家庭に対して十分な支援を行うこと、家庭での養育が困難な子どもに対して「できる限り家庭と同様の養育環境を確保する」ことが定められている。第6項には「家庭や子育てに夢を持ち、子育てに伴う喜びを実感できる社会環境を整備すること」が規定されている。
第4条から第7条にかけては、第3条の基本理念にのっとり、こども施策に関する国・地方公共団体の責務や、事業主・国民の努力義務を明示している。
第8条には、政府がこども施策の年次報告を国会に報告する義務が規定されている。
第2章「基本的施策」(9~16条)の第9条では、政府の責務として「こども大綱」を定めること、第10条では都道府県・市町村の「こども計画」策定の努力義務が規定されている。
第11条には、こども施策に対する子ども等(子どもおよびその養育者や関係者)の意見の反映が明記された。子どもの意見表明権や意見が尊重される権利が、こども施策の策定、実施、評価において位置づけられたことになる。
第12条は、子ども等への支援を切れ目なく行うために、国が、こども施策にかかわる支援の総合的かつ一体的な提供のための体制の整備などを行うことを規定している。
第13条では、国・都道府県・市町村が、医療、保健、福祉、教育、療育等の関係者相互の有機的な連携の確保等に努めなければならないことを規定している。また、都道府県・市町村はそのための協議会を組織することができる、とも定めている。第14条には、関係者相互の有機的な連携の確保等のために、国・都道府県・市町村が子どもに関する支援に役だつ情報の共有を促進するための情報通信技術の活用や、その他の必要な措置を講ずることができると規定されている。
第15条には、国は、この法律と子どもの権利条約に関する趣旨および内容について、広報活動などを通じて国民に周知を図り、その理解を得るよう努めるものとするとある。子どもや国民が、子どもの権利を知る権利について保障するための条文であるが、国の努力義務にとどまっている。
第16条は、こども施策の充実および財政上の措置などについて規定している。
第3章「こども政策推進会議」(17~20条)では、こども家庭庁に、内閣総理大臣を長とするこども政策推進会議を設置することや、その運営に関する事項についての規定が設けられている。
1989年に国際連合(国連)総会で採択された子どもの権利条約を日本が批准したのは、1994年(平成6)であった。しかし、子どもの権利条約の批准時に、日本では、子どもの権利がすでに国内法制で保障されており、新規立法措置は必要ないとの見解が、総理大臣の宮沢喜一(みやざわきいち)らの国会答弁により政府の立場として示され、国内法の整備には至らなかった。
ところが、子どもの権利条約の批准以降も、日本では児童虐待、子どもの自殺(教員からの不適切指導による指導死を含む)、いじめ、不登校などの子どもの権利侵害の状況は深刻化する一方であった。
こうした日本の状況に対し、国連の子どもの権利委員会(児童の権利に関する委員会)は、2010年(平成22)の日本政府の第3回報告に対して審査を行い、「児童の権利に関する包括的な法律を制定することを」「強く勧告する」(外務省仮訳)、と総括所見に明記した。2019年(令和1)の第4回・第5回報告に対する総括所見でも、同様の指摘がなされている。
また、2009年の子ども・若者育成支援推進法の成立、2016年の児童福祉法改正、教育機会確保法の成立、2018年の成育基本法(成育医療等基本法)の成立、2019年の子どもの貧困対策推進法改正などの、子どもの権利条約や子ども・若者の諸権利を反映させた個別法が拡大してきたことも、こども基本法の成立に至る過程として重要である。
複数回におよぶ国連の子どもの権利委員会勧告に対し、なお、日本政府が子どもの権利に関する包括的な法律の制定に向けての具体的な取り組みを行おうとしないなか、とくに新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)のパンデミックを契機として、法曹家、医師、研究者や子どもの権利や命にかかわる民間団体などから、子どもの権利に関する包括的な法律の実現を求める動きが時を同じくして広がった。
2021年より、「こども庁」(当時)創設に向けた動きが自由民主党で開始された。また、公明党が衆議院議員選挙で「子ども基本法(仮称)」の立法を選挙公約として掲げたことも、こども基本法の実現の足がかりとなった。そして2022年の第208国会において、こども基本法は議員立法として成立したのである。
こども基本法には、大きく二つの課題がある。①国の子どもの権利擁護機関(いわゆる子どもコミッショナー)の設置、②学校教育、司法上・行政上の手続、関連法制での子どもの権利の具体的な実現、である。
①国の子どもの権利擁護機関の設置については、第208国会では法案提出者により「必ずしも現時点では議論が熟しているわけではない」とされ、規定が行われていない。これに対し、こども基本法の附則第2条では、「こども施策が基本理念にのっとって実施されているかどうか等の観点からその実態を把握し及び公正かつ適切に評価する仕組みの整備」について検討を加える、とされている。
地方公共団体では、子どもオンブズパーソンや子どもの権利相談センターなど、子どもの権利擁護のための機関の設置が拡大しつつあり、今後のこども基本法改正のなかで、国が子どもの権利擁護についてどのような責務を果たし、いかなる権能を有する子どもの権利擁護機関を設置していくのかに注目する必要がある。
②子どもの権利の具体的な実現に関して、日本では学校教育における子どもの権利についての教育が不足している。子ども・若者だけでなく、保護者や教職員、部活動指導員、特別支援教育支援員など、子どもにかかわるあらゆる関係者が学ぶための教育課程や研修体制の整備等も大きな課題である。
司法上・行政上の手続においての、子どもの意見表明権の実現にも大きな課題がある。こども家庭庁は2022年の児童福祉法改正により、社会的養護にかかわる子どもの養育環境を左右する重大な決定の際の意見聴取等措置義務や意見表明等支援事業を法定化しているが、まだ社会的養護分野にとどまった取り組みである。
法務省は2024年の民法改正による共同親権導入に際しても、家庭裁判所による子どもの意見表明の手続が保障されず、また、子ども自身の安全が守られるための意見表明の手続の説明および代理人専任の権利の説明などを、子どもたちに保障していない。
関連法制での子どもの権利の具体的な実現について、わいせつ教員対策新法(正式名称「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律」令和3年法律第57号)、こども性暴力防止法(正式名称「学校設置者等及び民間保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」令和6年法律第69号)は、「性暴力・性虐待から守られる権利」を実現するための法制であるものの、子どもの権利侵害に相当する不適切保育・不適切指導の禁止などを、学校教育法等の関連法制にどのように位置づけていくのかも課題であるといえる。
こども基本法を起点として、子どもの権利擁護機関の設置や、子ども・若者に関する教育や司法上・行政上の手続の改善、個別法制整備の進展が、日本における子どもの権利の擁護と実現にとって重要である。