性に関する犯罪の総称。刑法は、「第22章 わいせつ、不同意性交等及び重婚の罪」において性犯罪を規定している。すなわち、公然わいせつ罪(174条)、わいせつ物頒布等罪(175条)、不同意わいせつ罪(176条)、不同意性交等罪(177条)、監護者わいせつ及び監護者性交等罪(179条)、不同意わいせつ等致死傷罪(181条)、16歳未満の者に対する面会要求等罪(182条)、淫行(いんこう)勧誘罪(183条)、重婚罪(184条)の各犯罪である。
これらは、①性秩序に対する犯罪(174条、175条、184条)と、②性的自由を侵害する犯罪(上記以外の罪)とに二分される。前者は性的行動や表現が社会の性的禁忌に触れる場合(174条と175条)と、婚姻という法的制度に違反する場合(184条)である(社会的法益に対する罪)。後者は、性的自由ないし性的自己決定権という個人的法益に対する罪である(なお淫行勧誘罪について性風俗の乱れを重視する見解もある)。
さらに特別法には、売春防止法、性的姿態撮影等処罰法、児童買春児童ポルノ処罰法、児童福祉法、軽犯罪法などに性犯罪を処罰する規定がある。
現行刑法が施行された1908年(明治41)以来、性に関する考え方の変化にもかかわらず、性犯罪処罰規定は基本的にそのままであった。そこで法制審議会で議論が重ねられ、その内容が2017年刑法一部改正法(平成29年法律第72号)となって結実した。その後さらに議論がなされ、2023年刑法・刑事訴訟法一部改正法(令和5年法律第66号)および性的姿態等撮影処罰法(令和5年法律第67号)が成立した。
①強姦(ごうかん)罪(旧刑法177条)などの見直し
第一に、「姦淫」(膣(ちつ)性交)が強姦行為とされていたが、他者との意に沿わない濃密な性的接触が重視され、「性交、肛門(こうもん)性交又は口腔(こうくう)性交」が広く「性交等」とされ、罪名も「強制性交等罪」に改められた。
第二に、旧強姦罪規定では、被害者が「女子」に限定されていたが、上記の点とも関連して被害者が「者」に改められ、男性も本罪の被害者に含められた。
第三に、刑の下限が懲役5年の強盗罪よりも強姦罪が軽いのは不合理だとされ、法定刑の下限が3年以上の懲役から5年以上の懲役に引き上げられた(強制性交等致死傷罪は無期または6年以上の懲役)。なお、法定刑の引上げに伴い「集団強姦罪」(4年以上の懲役。旧刑法178条の2)ならびに「集団強姦致死傷罪」(無期または6年以上の懲役。旧刑法181条3項)は廃止され、強制性交等罪、強制性交等致死傷罪に統合された。
②監護者わいせつ罪・監護者性交等罪の新設
監護者がその影響力を背景に、弱い立場にある18歳未満の被監護者に性的行為を行う場合、暴行・脅迫や抗拒不能状態を認定することがむずかしいことも多い。しかし、仮に被害者の同意があったとしても、それは自由な意思決定とはいいがたい。そこで、18歳未満の被監護者を監護者がその「影響力があることに乗じて」性犯罪を行った場合、強制わいせつ罪、強制性交等罪と同じように処罰することとされた。
③強盗・強制性交等罪の新設
旧刑法第241条は「強盗が女子を強姦したときは」と規定していたため、「強盗犯人が強姦をした場合」は「強盗強姦罪」となり無期または7年以上の懲役に処された。しかし、「強姦犯人が強姦後に強盗の犯意を生じて強盗を行った場合は「強姦罪と強盗罪の併合罪」となり、併合罪として加重されても規定上、無期懲役にはならなかった。しかし、2017年改正の際は、強盗と強姦の先後関係はかならずしも重要ではないとされ、どちらが先でも「強盗・強制性交等罪」とされ、無期または7年以上の懲役、同致死罪は死刑または無期懲役に処されることとなった。
④強姦罪等の非親告罪化
旧刑法第180条は、強姦罪等を被害者のプライバシーを尊重して親告罪としていた。しかし、それは性犯罪被害者にかえって重い精神的負担をかけることもあることから、非親告罪とすることが適切であると判断された。
①「不同意わいせつ罪」「不同意性交等罪」の新設
これまで性犯罪の手段として(抵抗を著しく困難にする)暴行・脅迫があることが要件とされてきたものの、現実には軽い暴行でも被害者が恐怖のあまり固まってしまうような事案もあったが、そうした場合には「強制わいせつ罪」や「強制性交等罪」を適用することに批判的な意見があった。そこで有効な同意があったとはいえないケースを明確に包摂すべきであるとされ、暴行・脅迫要件を含めて、八つの類型をまとめた強制類型と、誤信類型(たとえば「人違い」が典型)とに区別されることとなった。わいせつな行為をした場合は罪名が「強制わいせつ罪」から「不同意わいせつ罪」に、性交等をした場合は罪名が「強制性交等罪」から「不同意性交等罪」に変更された。なお、心神喪失もしくは抗拒不能に陥れて、わいせつ・性交等をした者は「準強制わいせつ及び準強制性交等罪」(旧刑法178条)で処罰されていたが、この要件は上記の強制八類型の一つとなり、「不同意わいせつ罪」もしくは「不同意性交等罪」に統合された。
また、性器(陰茎)以外の身体の一部(たとえば手指)または物(たとえば性具)を膣または肛門に挿入するような行為は「性交等」に組み入れられた。ただし、性器以外の身体の一部または物を、口腔内に挿入するような行為は「性交等」にあたらず、また行為者が被害者をして行為者自身の膣や肛門にそれらを挿入させる行為も不同意わいせつ罪にとどまる。
②配偶者間での性犯罪
配偶者間においても性犯罪が成立することが法律上明記された。
③性的同意年齢(同意する能力をもつとされる年齢)の引上げ
性的同意年齢が「13歳未満」から「16歳未満」に引き上げられた。これにより、16歳未満の者に対する性行為については、同意の有無にかかわらず刑法による処罰対象となった。ただし、同年代の者どうしの合意ある性行為については処罰対象としないため、13歳以上16歳未満の者に対する行為については、その者より5歳以上年長であることが処罰の条件とされた。なお、現実には5歳以上の年齢差があっても、結婚を前提として真剣に交際しているといったケースもあるだろうが、そのようなケースについては、検察官の訴追裁量にゆだねられることになる。
④面会強要罪(性的グルーミング罪)の新設
16歳未満の若年者の性被害を未然に防止するため、性的な目的で若年者を懐柔する行為(いわゆる性的グルーミング)を処罰する規定が新設された。
⑤性的姿態等撮影処罰法の制定
性的な姿態や性的部位を不正に撮影する行為や、その画像(紙媒体や電磁的記録など)を提供する行為等の処罰規定が新設された。
⑥その他
性犯罪について公訴時効期間が各5年延長された。すなわち、不同意性交等致傷罪、強盗・不同意性交等罪などは20年、不同意性交等罪、監護者性交等罪は15年、不同意わいせつ罪、監護者わいせつ罪などは12年となった。ただし被害者が18歳未満である場合は、上記の各期間にその者が18歳に達するまでの期間を加算した期間が、公訴時効期間となる(刑事訴訟法250条)。また、逮捕状や起訴状における、性犯罪被害者等の個人特定事項(氏名や住所など)の秘匿措置等が整備された。
性犯罪の確実な処罰には、被害者の保護と早期の証拠の収集・保全がもっとも重要である。その意味で、被害者のケアを重視した「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター」の仕組みのいっそうの充実が期待される。