国史大辞典のサンプルページ一覧

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生類憐みの令(日本大百科全書・国史大辞典・世界大百科事典)
江戸幕府5代将軍徳川綱吉(つなよし)がその治世(1680~1709)中に下した動物愛護を主旨とする法令の総称。1682年(天和2)犬の虐殺者を死刑に処したのに始まり、85年(貞享2)馬の愛護令を発して以来、法令が頻発された。綱吉の意図は社会に仁愛の
公事方御定書(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
江戸幕府の司法法典。当初幕府では司法事件は先例および単行法令で裁判したが、八代将軍徳川吉宗の享保時代になると、先例も相当たまってきた。立法に興味を持っていた吉宗は、先例を主たる資料とし、新しい取極も含めた、主として庶民を対象とする法典の編纂を計画した
国葬(世界大百科事典・国史大辞典)
国の大典として行われる葬儀。国葬の事務は国の機関で行われ,その経費は国庫から支払われる。日本では,それまでは先例にならってなされてきたが,1926年の〈国葬令〉によってはじめて規定された(1947年失効)。国葬令では天皇・太皇太后・皇太后・皇后の
執権政治(国史大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書)
鎌倉時代、北条氏が執権の地位によって、幕府の実権を掌握した政治。鎌倉殿(将軍)独裁制や得宗専制とは違って、執権政治は合議を特色とするとされる。「執権政治」の用語をはじめて用いたのは、大正十年(一九二一)、竜粛(りょうすすむ)の「尼将軍政子」
日独伊三国同盟(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
1940年(昭和15)9月27日、ベルリンで調印された日本、ドイツ、イタリアの間の軍事同盟。三国同盟締結交渉は、最初、1937年に結ばれた日独伊三国防共協定を強化しようという目的で、第一次近衛文麿(このえふみまろ)内閣の末期に始まったが、1939年
満州事変(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
1931年(昭和6)9月18日の柳条湖(りゅうじょうこ)事件に始まった日本軍の満州(中国東北地域)侵略戦争。[君島和彦]▲前史満州、とくに南満州は、日本が日露戦争後に長春(ちょうしゅん)(寛城子)―旅順(りょじゅん)間の鉄道およびその付属の利権を獲得
サンフランシスコ講和条約(国史大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書)
太平洋戦争開始以来の戦争状態を終結させるために、日本政府が英米をはじめとする四十八ヵ国と締結した講和条約。公式名は「日本国との平和条約」。「対日平和条約」とも呼ばれている。締結の相手国は、アルゼンチン・オーストラリア・ベルギー・ボリビア・ブラジル
拾遺往生伝(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
大江匡房の『続本朝往生伝』のあとをついで、慶滋保胤の『日本往生極楽記』をふくめ、それまでに遺漏のあった異相往生人の行業を集め、後人への結縁・勧進のために三善為康が撰述した往生伝。『日本拾遺往生伝』ともいう。三巻。巻中・下の序によると、はじめは一巻の
三宝絵詞(東洋文庫・国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典・日本国語大辞典)
平安中期,出家した尊子内親王に源為憲が献じた仏教入門書。表題には「絵」とあるが,絵は失われて詞書だけがのこる。本生譚,経典の功徳,仏教・年中行事などを内容とする。1990年01月刊
源平盛衰記(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
戦記文学。四十八巻。『平家物語』の諸異本のうち、読みもの系伝本として最も大部のもの。『臥雲日件録』文明二年(一四七〇)正月四日条に、玄会(玄慧)法印が三十四人の学究とともに『平家物語』の諸伝本について評論し、集成本を作った由の伝承を記しているが
渓嵐拾葉集(国史大辞典・世界大百科事典)
叡山の光宗が応長元年(一三一一)から貞和四年(一三四八)にかけて叡山天台の行事・作法や口伝法門などを集録したもの。もと三百巻あったと伝えるが、現在は百十三巻。顕部・密部・戒部・記録部・医療部・雑記部の六部からなり、当時の天台の顕・密・禅・戒に関する
国定忠次(日本架空伝承人名事典・国史大辞典・世界大百科事典)
江戸後期の博徒。忠次(治)郎ともいう。上野国佐位郡国定村の出身。中農以上に属する長岡与五左衛門の長男。二一歳のとき博徒の縄張を譲られて以来博徒の親分となり、一八三四年(天保五)縄張争いから同じ博徒の島村の伊三郎を殺害し、有名となる。四二年賭場の最中に
清水寺縁起(国史大辞典・日本大百科全書)
京都の清水寺の縁起で、同名の書が二種ある。その一は藤原明衡の作で一巻、康平七年(一〇六四)以後の成立と推定されるもの。宝亀九年(七七八)延鎮が山城国愛宕郡八坂郷東山の麓で観音を念ずる修行者行叡に逢って霊異を感得し、坂上田村麻呂と協力して延暦十七年
鎌倉大草紙(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
鎌倉御所足利氏を中心として関東の動静を記した史書。著者は東常縁に有縁の者との説もあるが、不詳。戦国時代ころの成立か。現行本は三巻。序文に「尊氏末流之遺書而関東大家之旧記」とあり、また下巻文中には『太平記』の欠を補うとの意あり、『太平後記』とも呼ばる。
神道(国史大辞典・世界大百科事典)
神道とは、日本民族の神観念にもとづいてわが国に発生し、主として日本人の間に展開した伝統的な宗教的実践と、これを支えている生活態度および理念をいう。神道は、二、三の教派を別にすれば、教祖を持たない自然発生的宗教であり、主として日本人の間で行われている
岸信介(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
一八九六-昭和時代の政治家。明治二十九年(一八九六)十一月十三日、山口県熊毛郡田布施村の酒造家佐藤秀助の次男として生まれ、のち父の生家(秀助は養子)岸家を継いだ。佐藤栄作は実弟である。大正九年(一九二〇)東京帝国大学法学部を卒業、農商務省に入り
紀伊国屋文左衛門(国史大辞典・世界大百科事典)
?-一七三四江戸時代中期の江戸の豪商。略して紀文ともいう。その伝記は詳らかでないが、没年六十六歳といわれるので、寛文九年(一六六九)の生まれか。現在の和歌山県有田郡湯浅町別所の生まれと推定され、はじめ紀州のみかんを江戸に廻漕し、江戸から塩鮭を上方にも
源博雅(国史大辞典・日本大百科全書)
九一八-八〇平安時代中期の雅楽家。『博雅笛譜』(正称、『新撰楽譜』。異称、『長竹譜』)の撰者。延喜十八年(九一八)生まれる(一説に延喜十九年)。父は醍醐天皇第一皇子克明親王の長男。母は藤原時平末女。承平四年(九三四)正月七日従四位下に叙せられ
解体新書(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
日本における西洋解剖書の本格的翻訳書。杉田玄白・中川淳庵・石川玄常・桂川甫周らの協力で成った。ただし名は特に挙げられていないが、前野良沢が翻訳の指導的立場にあったことは確かで、他になお数名の協力者がいた。全五巻。安永三年(一七七四)刊。原書はドイツ
大日本史(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
水戸藩主徳川家が編纂し、明治維新以後は同家が事業を継続して完成した漢文の歴史書。神武天皇から後小松天皇に至る時代を対象として中国の正史の体裁である紀伝体に従って叙述。本紀七十三巻、列伝百七十巻、志百二十六巻、表二十八巻、合計三百九十七巻(別に目録
鎖国(国史大辞典・日本国語大辞典・世界大百科事典)
〔意義〕「鎖国」という言葉は、長崎のオランダ通詞中の逸材志筑忠雄(しづきただお)が、出島商館に在勤したことのあるドイツ人医師エンゲルベルト=ケンペルEngelbertKaempferの大著『日本誌』の蘭訳本付録の「現在のように日本帝国を鎖して、国民に
江戸幕府(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
徳川氏の全国統治の覇府で、慶長八年(一六〇三)家康の征夷大将軍補任に始まり、慶応三年(一八六七)慶喜の大政奉還に至るまで二百六十五年間続き、この間将軍の歴世十五代を数えた。武家政治史上、最も高度に組織された強大な統一政権である。〔成立〕家康の覇権掌握
征夷大将軍(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
もとは陸奥の蝦夷(これを「夷」といい、日本海側のそれを「狄」と称した)征討のために、朝廷が臨時に派遣する軍隊の総指揮官を意味したが、のちには幕府首長の職名となった。唐名に因んで大樹あるいは大樹将軍とも称す。古代の征夷大将軍は同大使ともいわれ
九条兼実(国史大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書)
一一四九-一二〇七平安・鎌倉時代初期の公卿。月輪殿・後法性寺殿ともよばれた。藤原忠通を父として久安五年(一一四九)に生まれた。早く僧籍に入った者を除くと第三の男子であった。母は太皇太后宮大進藤原仲光女加賀。同母兄弟四人のうちの長子にあたる。保元三年
平賀朝雅(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
鎌倉前期の武将。朝政とも書く。父は武蔵守(むさしのかみ)義信(よしのぶ)。母は源頼朝(よりとも)の乳母(めのと)比企尼(ひきのあま)の三女。頼朝の猶子(ゆうし)。北条時政(ときまさ)の後妻牧方(まきのかた)の女婿(じょせい)。武蔵守、右衛門権佐
世間胸算用(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
浮世草子。五巻五冊。井原西鶴作。元禄五年(一六九二)正月刊。各巻四章、合計二十編の短編を集めた町人物。題名の下に「大晦日(おおつごもり)は一日千金」と副題し、また、「元日より胸算用油断なく、一日千金の大晦日をしるべし」(序文)と記すように、当時の経済
辞書(世界大百科事典・日本国語大辞典・国史大辞典・デジタル版 集英社世界文学大事典)
単語を,ある基準にそって整理配列して,その表記法,発音,品詞名,語源,意味,用例,用法などをしるした書。ただし実際にはこのすべてを集成していないものがあり,また百科事典のように,単語の意味よりもむしろ事柄の内容を主としたものや,索引のように
北条時房(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
一一七五-一二四〇鎌倉時代中期の連署。安元元年(一一七五)生まれる。北条時政の三男、義時の弟。文治五年(一一八九)四月、元服して五郎時連と称し、七月には奥州征伐に従軍。蹴鞠をよくし,二代将軍源頼家に近侍した。建仁二年(一二〇二)六月、時房と改名
運慶(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典・日本架空伝承人名事典)
?-一二二三鎌倉時代初期の仏師。康慶の子。長子湛慶が建長六年(一二五四)八十二歳であった(蓮華王院本堂中尊千手観音像銘)ことから逆算して、ほぼ一一四〇年代の出生と推定される。治承四年(一一八〇)焼亡の東大・興福両寺の復興造像に康慶とともに一門を率いて
好色一代男(井原西鶴集)(日本古典文学全集・国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
けした所が恋のはじまり桜もすぐ散ってしまって嘆きの種だし、月も限りがあって山の端にはいってしまう。そんなはかない眺めよりもと、限りのない、女色・男色の二道に打ち込んで、夢介と替名を呼ばれる太尽は、その
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