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日本大百科全書(ニッポニカ)

水俣病

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水俣病
みなまたびょう

神経系の障害をおもな症候とするメチル水銀中毒症。化学工場のアセトアルデヒド製造工程における副生物であるメチル水銀化合物が工場排水とともに排出されて魚介類に高濃度に蓄積し、その魚介類を食した住民が発症するに至った。熊本県水俣湾周辺を中心とする八代(やつしろ)海沿岸で発生したが、その後新潟県阿賀野(あがの)川流域においても発生が確認され、環境への配慮を欠いた産業活動がもたらした公害の原点となっている。

[山元 恵][中村政明]2025年7月17日

患者の発生確認と認定

水俣では1956年(昭和31)5月に成人型患者の発生が公式に確認され、さらに1962年11月、母親が妊娠中に食した魚介類に含まれるメチル水銀による胎児性水俣病患者が公式に認定された。また、1965年5月、新潟県において鹿瀬(かのせ)町(現、阿賀町)の化学工場から排出されたメチル水銀化合物を含む魚介類を摂取することにより、熊本県で発生した水俣病に類似する症状の患者の発生、すなわち新潟水俣病(阿賀野川水銀中毒)が報告された。1968年9月に、政府は「水俣病は、熊本、新潟における化学工場のアセトアルデヒド製造工程の排水に含まれるメチル水銀による疾患である」旨の公式見解を発表した。

[山元 恵][中村政明]2025年7月17日

病態

水俣病の病態は、大きく成人の急性劇症型、慢性型、小児性・胎児性に分けられる。成人型患者のおもな症状としては、手足の感覚障害(しびれ)、運動失調(手足のスムーズな運動ができない)、求心性視野狭窄(きょうさく)(見える範囲が狭い)、聴力障害(耳が聞こえにくい)などがあげられる。典型的な水俣病の症状は、1940年にイギリスのハンターDonald Hunter(1898―1978)、ラッセルDorothy Stuart Russell(1895―1983)らにより報告された種子殺菌剤製造工場の作業従事者におけるメチル水銀化合物による中毒事故に伴う症状(脳の傷害による運動失調、言語障害、視野狭窄)と類似していたため、この報告は水俣病の原因解明の重要な手がかりとなった。現在では、これらの症状に感覚障害と聴覚障害を含めてハンター・ラッセル症候群とよばれている。

 成人型水俣病患者の脳における病理学的な特徴として、大脳の体性感覚野、後頭葉鳥距野(視覚野)、小脳、聴覚野などにおける神経細胞が傷害を受けており、四肢(左右の手足)末端の末梢優位の感覚障害(両側の感覚野が広範に傷害を受けた場合には全身性の感覚障害がみられる)、視覚障害や聴覚障害、運動機能障害といった症状が生じる。急性期には末梢(まっしょう)感覚神経の傷害もみられるが、体性感覚野の傷害と比較して軽度である。一方、胎児性水俣病患者は母親が摂取したメチル水銀が胎盤を通過して胎児に移行することで脳に広範な細胞傷害を引き起こすため、脳性小児麻痺(まひ)様、すなわち運動機能障害、言語障害、精神発達障害などの症状が現れる。小児性水俣病は神経系が成熟する前の小児期にメチル水銀に汚染された魚介類を摂食することで、胎児性水俣病と同様に脳に広範な細胞傷害を引き起こす。メチル水銀のおもな標的器官(とくに作用を及ぼす器官)は、脳、肝臓、腎臓(じんぞう)であるが、顕著な細胞傷害がみられる器官は脳である。食事を介して体内に取り込まれたメチル水銀の大半は消化管(おもに小腸)から吸収されて血液中を循環し、血液脳関門(血液と脳組織間で必要な物質輸送を担い、血液からの病原体や有害物質の侵入を防ぐバリア構造)を通過して脳へ移行しうる。メチル水銀は、生体内でアミノ酸であるL-システインのチオール基(SH基)と結合し、メチル水銀-システイン抱合体を形成する。このメチル水銀-システイン抱合体は、必須(ひっす)アミノ酸であるL-メチオニンの構造と類似しており、通常L-メチオニンが通過する中性アミノ酸輸送系を介して脳や胎児への毒性物質の移行を防ぐ血液脳関門や血液胎盤関門を通過しうるため、脳や胎児に障害が引き起こされると考えられている。

[山元 恵][中村政明]2025年7月17日

治療

水銀への曝露(ばくろ)(さらされること)が疑われた場合、早急にその取り込み経路を特定し、その経路を遮断するとともに体内に取り込まれた水銀の排泄(はいせつ)を促進する必要がある。水銀曝露の初期においては、水銀排泄剤としてD-ぺニシラミンやDMPS (2,3-ジメルカプト-1-プロパンスルホネート)などのキレート剤(金属と結合することにより、その活性を消失させる薬剤)が有用である。一方、傷害を受けた中枢神経は完全な再生が困難であることから、慢性期では、小児性・胎児性の水俣病患者を中心に、水俣病の症状の一つである神経障害性疼痛(とうつう)(神経障害による痛み)に対する磁気刺激治療や、歩行障害のリハビリテーション、食事をスムーズにとれるようにそしゃく、嚥下(えんげ)(飲み込み)障害の電気刺激治療などが行われている。

[山元 恵][中村政明]2025年7月17日

救済措置

水俣病患者や家族からの訴えを受けた水俣病被害者の救済措置として、1969年12月に「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法」(旧、救済法)が公布され、熊本県、鹿児島県および新潟県のそれぞれ一部の地域が公害指定地域に指定された。同年12月に熊本県、翌1970年1月に鹿児島県の公害被害者認定審査会が設置され、認定制度が始まった。本人の申請に基づき、医学的検査を実施後、認定審査会による医学的審査を経て県知事が水俣病か否かの認定を行うものである。その後、1974年に「公害健康被害補償法」(昭和48年法律第111号)が施行され、1987年の改正で「公害健康被害の補償等に関する法律」となり、以後も被害者の認定業務が行われている。水俣病問題の早期解決のために、1995年(平成7)12月、政府は国としての解決策(「遺憾の意」の表明、救済対象者への一時金の支払い、総合対策医療事業の継続など)を表明した。熊本県、鹿児島県および新潟県は、水俣病が発生した地域において、水俣病として未認定であるものの、水俣病にみられる感覚障害が疑われる症状の人に対してもその原因解明や健康上の不安の軽減を図るため、「水俣病総合対策医療事業」を実施している。対象者には医療手帳・保健手帳(水俣病被害者手帳)が交付され、おのおのの症状に応じて療養費・療養手当などが支給されている。さらに、水俣病被害者の救済策として、2009年(平成21)7月に「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法」(平成21年法律第81号)が成立し、公布・施行された。この方針に基づき、対象者には症状に応じて、関係事業者(水俣病の原因となったメチル水銀を排出した事業者)からの一時金支給、水俣病被害者手帳の交付による医療費・療養手当などの支給といった救済措置が講じられている。

[山元 恵][中村政明]2025年7月17日

汚染除去・環境再生

汚染された環境への対策として、1973年7月、国は魚介類の摂取に伴う住民の不安を解消するため、魚介類に含まれる総水銀0.4ppm(0.4μg/g=1グラム当り0.4マイクログラム)以下、メチル水銀0.3ppm以下とする「魚介類の水銀の暫定的規制値」を制定した。また、1974年1月、熊本県は水俣湾内に水銀に汚染された魚介類を封じ込めることを目的とした仕切り網を水俣湾口に設置し、この仕切り網は1997年10月まで設置されていた。環境復元事業として、1977年10月、熊本県は総水銀25ppm(環境庁が定めた底質の暫定除去基準により算定された濃度)以上の堆積汚泥を処理する「水俣湾公害防止事業」を開始し、1990年3月に完了した。水俣湾の魚介類の安全確認後の対応について、2001年3月に策定された「水俣湾環境対策基本方針」に基づいて環境調査(魚介類、水質、底質、周辺地下水)が継続されている。水俣病の教訓を将来へ生かす取り組みの一環として、水俣市では1992年から毎年5月1日、水俣病の発生によって犠牲となり亡くなった人々の慰霊と環境破壊に対する反省と環境再生への誓いを込めて、慰霊式が実施されている。

[山元 恵][中村政明]2025年7月17日

今なお続く水銀による環境汚染と「水銀に関する水俣条約」

近年では、高濃度のメチル水銀に曝露するケースは、世界的にほとんど報告されていないが、一方で、金の採掘時に用いられる金属水銀への曝露や環境へ流れ出た金属水銀による汚染が世界的な問題となっている。金属水銀の曝露に伴う症状や標的器官は、有機水銀の一種であるメチル水銀の曝露に伴う水俣病とは異なり、揮発した金属水銀の吸入による呼吸器や神経系、および無機水銀による腎臓における機能障害である。

 水銀にかかわる環境問題の解決へ向けた国際的な動向としては、水銀が人の健康や環境に与えるリスクを低減させるための包括的な規制を定める「水銀に関する水俣条約」があげられる。2013年10月、熊本県で「水銀に関する水俣条約」(水俣条約)の採択・署名のための「水銀に関する水俣条約外交会議」が開催され、2017年5月に締約国が50か国以上となったため、同年8月に発効した。本条約においても注力すべき水銀にかかわる環境問題の一つとして、金の採掘時に用いられる金属水銀への曝露や環境汚染があげられている。

[山元 恵][中村政明]2025年7月17日

©SHOGAKUKAN Inc.

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