生殖年齢の男女が、ある一定期間、避妊することなく通常の性交を継続的に行っているにもかかわらず、妊娠の成立をみない状態を不妊という。ここでいう妊娠の成立には、流産や異所性妊娠(子宮外妊娠)が含まれる。ある一定期間については、1年というのが一般的である。この1年という期間は、日本産科婦人科学会による2015年の定義変更により定められた年数であり、それまでは2年、さらに古くは3年とされていた時期もある。一方、妊娠成立のために医学的介入が必要な病的状態は、期間の有無を問わず不妊症と診断される。妊娠不成立の期間を不妊を定義する要件とするのは便宜上にすぎない。不妊と不妊症の違いは曖昧(あいまい)であり、不妊のうちで治療を要するもの、または治療を希望するものを不妊症とよぶとする定義もある。また、女性は加齢に伴い妊娠する可能性(妊孕(にんよう)能)が低下し、不妊の状態となるが、これは生理的な加齢現象であり不妊症ではない。しかしながら実際には、不妊治療を開始するために必要な符号たる病名として「不妊症」が使用されているのが現状である。
不妊症は、過去に一度も妊娠したことのない原発性不妊症と、流産を含む妊娠の経験を経た後に不妊の状態となっている続発性不妊症に区別される。妊娠するのが女性であることから、一般に不妊症は女性に対して診断される疾患名である。また、不妊症は男女カップルを対象として定義される疾患名であるため、ある女性が不妊症であるか否かは相手の男性により異なることもある。
従来、日本での不妊症の頻度は10%程度とされていたが、2025年時点ではおよそ5組に1組のカップルが不妊症とされ、増加傾向にある。これは、晩婚化などのため妊娠を目ざすカップルの年齢が上昇している影響もあるが、不妊治療を受けている女性の数をもとに推定しているためであり、真の不妊症の頻度を表しているか否かは不明である。世界的には不妊症の頻度は生殖年齢の男女の8~12%とされている。先進国において高く開発途上国において低いという差はあるものの、おしなべて年々上昇傾向にある。
英語ではsterilityも不妊を意味するが、妊娠する可能性のない絶対的な不妊のことであり、診療を前提とした実践的な語としては、不妊期間によって定義されるinfertilityが用いられる。
不妊症の原因はその病的状態が男女のどちらに存在するかによって、女性側因子と男性側因子に大別される。しかしながら、実際の診療上は原因が不明のものも多い。
女性側因子には、間脳視床下部、脳下垂体、卵巣のいずれかまたは複数に異常があって排卵が正常におこらないもの、卵管の欠損や閉塞(へいそく)または周囲に癒着があるなど内腔(ないくう)の疎通が障害されているもの、子宮の欠損や形態異常、子宮内部に癒着のあるもの、子宮頸管(けいかん)での頸管粘液の分泌不全や、頸管粘液内への抗精子抗体分泌によるもの、子宮筋腫(きんしゅ)、子宮内膜症、子宮腺筋症、子宮・卵管への感染症など、特定の疾患に起因するものがある。
男性側因子には、精液検査の所見により乏精子症、無精子症、精子無力症、奇形精子症が診断される。これらの所見の原因は、精巣における精子をつくる機能が障害された造精機能障害がもっとも多く、さまざまな先天性疾患、後天性疾患に起因するものが多いが、精索静脈瘤(りゅう)、薬剤服用も造精機能障害の原因となりうる。造精機能障害以外では、精路通過障害、勃起(ぼっき)障害、射精障害が男性側因子である。
個々の例において、その不妊原因を除去、または矯正することが不妊症の治療となる。しかしながら、治療の目的が妊娠して子を授かることであることから、不妊原因の克服にこだわることなく、体外受精に代表される生殖補助技術を用いて妊娠に導くことも少なくない。とくに不妊原因が不明のものや加齢に伴う不妊が疑われるものはその傾向が強い。