病気を引き起こす微生物(病原体)が体内に侵入して増殖することを「感染」とよび、感染によりなんらかの症状を引き起こす病気を総称して感染症という。病原体には、細菌、ウイルス、真菌、寄生虫などがある。ヒトだけでなく、動物もそれぞれに特異的な病原体に感染しうる。
感染症の同義語として「伝染病」があり、日本において、古くは1880年(明治13)に「伝染病予防規則」が制定されている(のちに「伝染病予防法」となる)。このとき、法定伝染病として、コレラ、赤痢、腸チフス、天然痘などが定められた。社会に大きな被害を及ぼした伝染病は、とくに「疫病」とよばれた。たとえば、スペインインフルエンザ、天然痘、ペストが歴史的に有名である。
1960年(昭和35)ごろから「感染症」ということばが用いられるようになった。法定伝染病が克服されるようになった一方で、新たな感染症の増加がその背景にあったと考えられる。
1998年(平成10)には、伝染病予防法が性病予防法などと統合され、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)が制定された。なお、家畜における感染症の法令は、現在でも「家畜伝染病予防法」であり、「伝染病」という表現が用いられている。
感染は、病原体が体内に侵入して生じるが、侵入しても、体に備わった免疫が機能した場合には増殖を防ぐことができる。しかし、侵入した病原体の量が多かったり、免疫力が低下していたり、免疫が獲得されていない場合には、体内で病原体が増殖し、または病原体によっては毒素を出し、感染が成立する。ただし、感染しても症状が出ない場合もあり、その場合は「不顕性(ふけんせい)感染」とよぶ。症状が現れた場合には「顕性感染」とよぶ。症状は感染症によって異なるが、発熱、咳(せき)、鼻水、倦怠(けんたい)感、下痢などがある。治療や免疫により病原体を撃退すると回復するが、できない場合には障害が残ったり、ときに死に至ることもある。
感染症は、病原体の種類や感染経路によって分類される。
(1)細菌による感染症
細菌は細胞をもち、栄養源があれば自分と同じ細菌を複製して増えていくことができる。ヒトや動物の体内に侵入して病気をおこす有害な細菌がいる一方で、環境中に分布し、害を及ぼさない細菌や、納豆菌や乳酸菌のようにヒトの生活に有用な細菌も存在する。ヒトの皮膚表面や腸内にも多くの細菌がおり、ヒトの生体環境を保っている。
感染症を引き起こす細菌として代表的なものに、肺炎球菌、連鎖球菌、ブドウ球菌があり、治療には抗菌薬を用いる。肺炎球菌、百日咳菌、破傷風菌などの細菌に対してはワクチンもあり、感染や重症化を予防することができる。
(2)ウイルスによる感染症
ウイルスは、細菌の50分の1程度の大きさで、電子顕微鏡で見ることができる。細胞をもたず、自分だけでは増殖することができないため、ほかの生物の細胞内に入り込んで増殖する。ウイルスにも病気を引き起こすものがあり、例として、コロナウイルス、インフルエンザウイルス、ノロウイルスなどがある。治療として、たとえば種々のウイルスが原因で生じる代表的な病気である「かぜ」には、対症療法以外の治療薬がなく、体がウイルスに対する免疫を獲得し、治癒するまで一定期間待つことが必要である。他方、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスといった一部のウイルスに対しては抗ウイルス薬が開発されている。また、新型コロナウイルス、子宮頸(けい)がんの原因となるヒトパピローマウイルス、麻疹(ましん)ウイルス、インフルエンザウイルスなどに対してはワクチンがある。
(3)真菌(カビ)による感染症
真菌は、湿気の多い環境で増えることが多い微生物である。ヒトの体の一部、たとえば皮膚や爪(つめ)に感染して水虫の原因となる白癬(はくせん)菌は、免疫機能が正常なヒトにも感染する。また、免疫が低下すると感染しやすくなるアスペルギルス、カンジダなどの真菌がある。治療には抗真菌薬を用いる。
(4)寄生虫による感染症
寄生虫は、ヒトや動物に寄生し、栄養を摂取する微生物である。単細胞の原虫(例、マラリア)や多細胞の蠕虫(ぜんちゅう)(例、線虫やアニサキス)がある。症状は発熱など比較的軽いものから、無治療では死に至る重篤なものまでさまざまである。特定の寄生虫には駆除薬などがあるが限られており、さらなる薬の開発が期待され、公的資金などで研究が進められている。
感染症はおもに次のような経路で広がる。
(1)ヒトからヒトへ
①飛沫(ひまつ)感染:咳やくしゃみによる唾液の飛沫を通じて広がる(例、インフルエンザウイルス)。
②エアロゾル感染(空気感染):会話や咳で生じる、より微細な飛沫が数メートルほど空気中を漂って感染が広がる(例、新型コロナウイルス)。
③接触感染:皮膚や物を触ることで感染が広がる(例、ノロウイルス)。
(2)動物や昆虫からヒトへ
ダニや蚊(か)、ネズミを介して感染する(例、マラリア、デング熱)。
(3)食べ物や水を通じてヒトへ
病原体に汚染された食品や水を摂取することで感染する(例、食中毒、コレラ)。
歴史的に、感染症は多くの人の命を奪ってきた。日本の死亡統計によると、1900年(明治33)の死亡原因の第1位は肺炎および気管支炎、第2位は結核で、第3位の脳血管疾患よりも感染症(肺炎や結核)による死亡のほうが多かった。その後、1928年に、世界で最初の抗菌薬であるペニシリンが開発され、1943年には抗結核薬であるストレプトマイシンが発見された。第二次世界大戦後の1950年(昭和25)の死亡原因の第1位は結核であり、第2位は脳血管疾患、第3位が肺炎および気管支炎で、依然として感染症による死者が多い状況であったが、ペニシリンやストレプトマイシンなどの抗菌薬が広く使用されるようになってきた1960年には、死亡原因の第1位は脳血管疾患、第2位はがん(悪性新生物)、そして結核は第7位となった。また、感染症を防ぐワクチンの開発・普及により、1980年には天然痘の根絶が確認されるなど、ワクチンによる感染症の予防も広まった。このように治療薬やワクチン開発の恩恵を受け、日本における感染症による死亡者は20世紀になって徐々に減ってきた。
世界的にみても、かつては低所得国などにおいて、5歳未満の子どもの死亡原因となることが多かった肺炎、下痢症、マラリアなどの感染症の克服が大きな課題であった。安全な水や清潔なトイレの確保など、衛生面の改善や教育水準の向上、ワクチンや治療薬の普及などにより、こうした国々でも感染症による死亡は徐々に減ってきている。近年では、低・中所得国における感染症による死亡者数は、全体の3割弱程度となり、がんや脳血管疾患、心疾患といった生活習慣と関連する疾患などの割合が高くなっている。
感染症による死亡がさまざまな対策によって減少するなどの成果がみられる一方、感染症の罹患(りかん)者は、歴史的に差別や偏見、さらには人権侵害の対象となってきたことを忘れてはならない。たとえば、原因菌の発見者にちなんで「ハンセン病」とよばれる感染症は、かつて「癩(らい)」とよばれていた。感染すると皮膚や末梢(まっしょう)神経が侵される感染症で、病気が進行すると顔や手足が変形し、不自由になることから、感染していることが周囲にも知られた。地域社会からの偏見や差別の対象となり、感染者は仕事ができなくなり、離れの小屋などでひっそり暮らさざるをえない者や、家族などに感染させたくないと自宅を離れ、各地を放浪せざるをえない者もいた。1907年(明治40)に制定された「癩予防ニ関スル件」(のちの「癩予防法」)という法律は、こうした患者を救済する意図もあったが、患者を療養所に入所させ、一般社会から隔離することを規定した。このことが、ハンセン病は感染力が強いという誤った考えが広まるきっかけとなり、人々の偏見を助長した。
さらに、1929年(昭和4)には、各県が競ってハンセン病患者をみつけだし、強制的に入所させるという「無らい県運動」が全国的に広がった。その後、ハンセン病を絶滅させるという考えに基づき、自宅にいた患者も療養所へ強制的に入所させ、隔離するために全国に国立療養所が設置された。
1943年にはアメリカでハンセン病の治療法がみつかり、以降、新薬も開発された。しかし、日本では1953年に改正された「らい予防法」でも強制隔離を続けることが規定され、退所規定も設けられず、患者は一度療養所に入所したら一生そこから出ることができなかった。また、療養所に入所しても家族に迷惑をかけないようにと本名を捨てたり、偽名を名のる人もいた。さらに、結婚して子どもを産むことが許されないなど、さまざまな人権侵害の被害にもあった。こうした状況は、1996年(平成8)にらい予防法が廃止されるまで続いた。2019年(令和1)には、ハンセン病患者の隔離政策により、きわめて厳しい差別・偏見があったことを国が認め、謝罪し、家族も含めて元患者への賠償金の支給や名誉回復が図られた。
ハンセン病に限らず、こうした感染者に対しての差別や偏見は、歴史的に種々の事例があり、近年でも、HIV感染症や新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)において課題となった。感染症は人々に不安をもたらすが、それがもとで差別や偏見がおこることがないよう、個人も社会も十分に理解し、感染者に対する配慮や支援を第一に考えるべきである。
(1)日本における対策
日本では、厚生労働省の感染症対策部が、平時から感染症の特性の分析・把握、検査、予防接種、保健所の支援、検疫などについて一体的に対策を実施している。新型コロナウイルス感染症発生時の対応を踏まえ、ふたたび感染症危機のような事態があった際に備えて、政府では内閣官房に内閣感染症危機管理統括庁を設置し、対応に関する司令塔機能の強化を行った。また、2025年(令和7)4月に設置された国立健康危機管理研究機構が科学的知見の提供や全国の流行状況の把握などを行い、政府と連携した対応を行っている。
日本における感染症対策に関係する法律には、感染症法や新型インフルエンザ等対策特別措置法がある。法律には、国や自治体(都道府県など)、病院、医師が行うべきことが定められている。感染症法では、種々の感染症の危険性や公衆衛生上可能な措置に基づいて、感染症を1類感染症から5類感染症、および新型インフルエンザ等感染症に分類している。また、新しい感染症などの危機管理の観点から、指定感染症や新感染症といった類型もある。法律に基づく措置の内容としては、入院の勧告や措置、建物の立ち入り制限など人々の行動を制限するものもあるが、これらの適用については、国と自治体による慎重な判断のもとに行われる。
(2)世界各国の対策
国際連合(国連)においては世界保健機関(WHO)が保健について調整する機関である。WHOは、感染症はもちろんのこと、その他のさまざまな病気への対応を行っている。また各国には、感染症などの危機対応を担う同様の機関があり、たとえばアメリカにはアメリカ疾病予防管理センター(CDC)、イギリスにはイギリス健康安全保障局(UKHSA)が設置されている。
感染症について各国では、「サーベイランス」とよばれる、平時からの感染症発生の監視、またアウトブレイクとよばれる通常以上の感染症の増加をいち早くとらえ、必要な原因究明や監視を行う体制がとられている。たとえば食中毒では、発生した店舗や施設から原因となった食品の特定などが行われる。食中毒の予防に関しては、過去に重篤な食中毒が発生した食品(たとえば生食用肉など)については規格基準が設けられるなどの対応が行われているほか、食品の製造・加工・調理・販売を行う事業者にはHACCP(ハサップ)とよばれる衛生管理手法が求められるなど、食品を介した感染による健康被害低減のために種々の方策がとられている。
国や自治体レベルでの感染症対策が重要であることはもちろんだが、身近な感染症を予防するためには、個人レベルでの感染症対策も重要である。個人レベルでの感染症対策として、次のようなものがあげられる。
(1)衛生習慣の実践
①手洗い:石鹸(せっけん)と流水で20秒程度かけて手を洗う。とくに、食事前、外出後、トイレ使用後などに行う。
②アルコール消毒:流水を使った手洗いがむずかしい場合は、アルコール含有(70%以上)の消毒液を使用して手指の衛生を保つ。
③咳エチケット:咳やくしゃみをする際は、ティッシュや肘(ひじ)の内側で口と鼻を覆い、周囲への飛沫感染を防ぐ。また、咳が出るときはマスクを着用する。
(2)環境の衛生管理
居住空間や学校、職場などの環境を清潔に保つことも、感染症予防に有効である。
①換気:室内の空気を定期的に入れ替え、ウイルスや細菌を含んだ飛沫の濃度を下げる。
②表面の消毒:ドアノブ、スイッチ、スマートフォンなど頻繁に触れる場所や物を定期的に消毒する。
(3)健康的な生活習慣
免疫力を維持するために、日常生活の質を向上させる。
①十分な睡眠:成人で1日7~9時間の睡眠を確保する。
②バランスのとれた食事:ビタミンやミネラルを含む栄養豊富な食品の摂取を心がける。
③その他:適度な運動やストレス管理などを心がける。
(4)ワクチン接種
ワクチンの接種(予防接種)は感染のリスクを大幅に低減させる手段である。
①小児の予防接種:出生後、月齢や年齢に応じた予防接種スケジュールに従って接種する。
②成人の予防接種:インフルエンザ、新型コロナウイルス、帯状疱疹(たいじょうほうしん)などの接種が年齢に応じて可能である。
③その他の予防接種:海外渡航時など、必要に応じて現地で流行している感染症のワクチンをあらかじめ接種するなどの対策も有用である。
(5)情報収集と適切な行動
感染症やワクチンに関して正確な情報を得る。これまでと異なった情報を見聞きした場合には、情報源がどこかを確認し、国や自治体、医療関係の学会などの情報を参照する。近年の、インフォデミックともよばれる、さまざまな情報が大量にあふれかえる状況に際して、正しい情報を取捨選択し、それをもとに適切な行動がとれるよう、情報リテラシーを高める教育なども重要であろう。
2019年に初めて発生が確認された新型コロナウイルス感染症のように、新たに出現する感染症に対して、危機管理や安全保障の観点から世界中で研究や対策が行われている。
ヒトに対する新しい感染症は、動物がもっている病原体が偶発的にヒトに感染し、その過程でなんらかの遺伝子変化などによりヒトの体に適応し、さらにヒトからヒトへも感染するようになって生じることが多い。その結果として、世界中のヒトの間で広がるような事態が発生することが危惧(きぐ)されている(新型コロナウイルス感染症もこのような機序で発生したと考えられている)。
過去に発生した、あるいは現在も流行しているいくつかの感染症も、似たような機序で起きていたことが遺伝子解析などでわかってきた。たとえば麻疹ウイルスは、8000年くらい前にヒツジやヤギから感染してヒトに適応し、ヒトの間でだけ感染するようになったと推測されている。天然痘ウイルスは4000年くらい前にウマかウシからヒトに感染したものが、ヒトに適応して、やはりヒトの間でだけ感染するようになったと推測されている(天然痘はワクチンの接種と天然痘の根絶計画など人々の努力により、前述のとおり、1980年にWHOにより根絶宣言が行われている)。
また、インフルエンザも新しい型が出現しており、近年では10~40年の周期で新たなインフルエンザが発生している。最近では2009年のインフルエンザH1N1(2009)がその例である。
新たに認知され、局地的または国際的に問題となる感染症は「新興感染症」とよばれ、対策が行われている。新興感染症には、たとえば鳥インフルエンザ、エボラウイルス病(エボラ出血熱)、ウエストナイル熱、マールブルグ病などがある。かつては一部地域での風土病として局地的に抑えることができていたが、グローバル化が進み、世界中のどこへでも48時間以内に到達できるようになったいま、日本に限らず、世界のどこからどこへでも感染症が伝播(でんぱ)する可能性がある。
新たな感染症の発生を防ぐ策として、まずは動物からヒトへと感染が広がらないようにすることが考えられる。しかし、森林伐採や気候の温暖化、家畜の管理の不十分さなどから、ヒトが動物の感染症に罹患するリスクはさらに高まっている。また、家畜の飼養や魚の養殖にも抗菌薬が使用され、環境中にも抗菌薬に対する耐性菌が出現している。こうした菌が広がることで、病気になった際に効果のある抗菌薬が減ってくることが将来的にも大きな課題として認識されている(多剤耐性菌)。このような状況において、ヒト・動物・環境を包括的にとらえて感染症対策を行うワンヘルス(one health)アプローチといった、分野を超えて連携する対策の重要性がいっそう高まっている。