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オンライン辞書・事典サービス「ジャパンナレッジ」の「人物」のカテゴリ別サンプルページです。
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セザンヌ(世界大百科事典)
フランスの画家。後期印象派を代表する一人。印象主義の決定的な影響を受けるが,そのあまりに感覚的で,しまりのない画面にあきたらず,〈印象主義を,美術館の美術のように堅固で持続性のあるものにする〉ことを目ざし,自然を前にした際の,刻々と変化する〈感覚
スタンダール(デジタル版 集英社世界文学大事典・日本大百科全書・世界大百科事典)
フランスの小説家。本名アンリ・ベールHenriBeyle。小説のほか,文芸批評,美術・音楽論,旅行記,評伝,自伝なども手がけており,未定稿や日記,書簡の類いを併せれば,執筆量は膨大なものになる。文筆活動以外にも,ナポレオン時代の軍人・軍属としての経歴
モーツァルト(世界大百科事典)
18世紀古典派を代表するオーストリアの作曲家。生涯当時は独立したカトリック大司教領だったザルツブルクに生まれた。父親は大司教ジークムント・フォン・シュラッテンバハに仕える音楽家レオポルト・モーツァルトであった。レオポルトは南ドイツの町アウクスブルクに
シューベルト(日本大百科全書・世界大百科事典)
オーストリアの作曲家。歌曲をはじめ管弦楽曲、室内楽、ピアノ曲などに多くの優れた作品を残し、ドイツ・ロマン派初期を代表する。[石多正男]▲生涯1月31日、教員で敬虔(けいけん)なカトリック教徒の父フランツ・テオドールと、シュレージエン地方出身の母
狩野探幽(国史大辞典・世界大百科事典)
一六〇二-七四江戸時代前期の狩野派画家。名は守信、幼名四郎次郎、また采女。探幽斎・白蓮子と号す。狩野孝信の長男として慶長七年(一六〇二)正月十四日京都に生まる。母は佐々成政の女。四歳にして習熟者のように描くほど早熟の天才であったと伝える。早くも同十七
山本周五郎(日本近代文学大事典・日本大百科全書・世界大百科事典)
本文:既存小説家。山梨県北都留郡初狩村八二番戸(現・大月市下初狩二二一番地)生れ。父清水逸太郎、母とくの長男。本名は三十六(さとむ)。家業は繭、馬喰、そのほか諸小売りであった。生前、本籍地の韮崎市若尾を出生地と語ったのは、そこが武田の御倉奉行と伝え
ショパン(日本大百科全書・世界大百科事典)
ピアノ音楽に比類ない境地を開いたポーランド出身の作曲家、ピアニスト。主要な作品のほとんどがピアノ曲で、その個性的で斬新(ざんしん)な書法はリリシズムを基調に、雄々しさ、気品、メランコリーなど多彩な性格をあわせもち、「ピアノの詩人」とたたえられ、世界的
エジソン(世界大百科事典)
アメリカの発明家,電気技術者。二重電信機,スズ箔蓄音機,カーボンマイクロホン,白熱電球,映画,アルカリ蓄電池,謄写印刷機などを発明,または改良したことで非常に著名である。貧しい材木商兼穀物商の家に生まれ,小学校には数ヵ月しかいかずに母親から教育を受け
ルノワール(日本大百科全書・世界大百科事典)
豊後の国。郡は八所、〔郷は四十、里は百十〕駅は九所、〔みな小路〕烽は五所、〔みな下国〕寺は二所〔一つは僧の寺、一つは尼の寺〕である。豊後の国は、本、豊前の国と合わせて一つの国であった。昔、纏向の日代の宮で天下をお治めになった大足彦の天皇
夏目漱石(日本近代文学大事典)
小説家。江戸牛込馬場下横町(現・新宿区牛込喜久井町一)に生る。父は小兵衛直克(五〇歳)、母は後妻で千枝(四一歳)、五男三女の末っ子で、金之助と命名される。夏目家は江戸町奉行支配下の町方名主で、この地方の実力者。しかし歓迎されぬ子として、生後まもなく
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